第8話

リングサイド席の方には、今回は有里達も観戦に来ていた。席の脇には貴子に渡す花束もあった。

「ハルが観に来てるから、いいところ見せないとね。」

「相手が手強いぜ。今回の対戦相手、江藤だからな。KOされたらハル悲鳴をあげるぞ。」

隣に座っていた有里の友達は、そんなことを言い出していた。会場の方では、既にマナミと同じジムに所属しているアカリの試合が行われていた。アカリは貴子より1つ年下で、この日がデビュー戦だった。有里達は、

「福浦アカリって、たかちゃんより1つ年下なんだってね。ウエイトの方は、たかちゃんの戦っているクラスより軽いクラスだけど、結構強いみたいだね。」

「韓国では10代で世界チャンピオンを手にした女がいるんだぜ。」

「えーっ。そんな選手いたの。知らなかった。」

話をしているうちに試合の方は終わった。試合は判定でアカリが勝った。

「小谷がプロボクサーを目指すのだって。どうも、2月にプロテストを受けるらしい。もう、既に就職も決まっているんだよ。春から看護婦になる予定なんだってね。会場で、偶然にも小谷とたかちゃんが出くわして、この2人睨み合ってたで。だけど、小谷。ウエイトコントロール気をつけたほうがいいと思うよ。2年前の夏に行われたタイトルマッチで、女子フライ級の日本チャンピオンだった山本瑞希。50.8kgのウエイトを200gオーバー。51㎏で戦って判定で石田に勝ったが、タイトルは剥奪。罰金も払わされたんだってね。気をつけたほうがいいと思うね。」

「山本瑞希だっていろいろあったんだろうね。無理な減量をして何かあったらどうするんだよ。」

「そういえば、そうだけど・・・。」

有里達が雑談をしている間に、イベントの係員がやって来て、

「間もなく吉見貴子選手の試合だから準備して下さい。」

と2人に伝えた。2人は、間もなく貴子とマナミが戦うリングサイドへと誘導された。これから試合をするマナミと貴子が順番に入場。有里達は貴子に花束を渡して、再び席へと戻った。試合が始まった。貴子にとって、マナミは初めて経験する手強い相手だった。第1ラウンド、マナミのパンチが貴子の顔面に二回クリーンヒットした。貴子も、このラウンドの終盤に一発左ストレートが相手の顔面をとらえた。1ラウンド目が終了して、インターバルの間にセコンドから、

「打ち合いに出るな。足を使え。」

一方のマナミのサイドは、

「この状態で打ち合いに持ちこめ。」

との指示だった。第2ラウンド開始のゴングが鳴った。開始から50秒が近づいてきた頃、マナミの左フックが貴子の顔面をとらえ、ついにダウンを奪われた。ここの場面では何とか立ち上がった。貴子は、その後、マナミと距離を置く形でカウンター狙いの試合を演出した。ダウンを奪われたダメージを最小限に抑えた。第3ラウンドは、マナミがKOを狙って一気に攻めてきた。貴子はカウンター狙いのボクシングを演出。このラウンドの終了間際にマナミの右ストレートが出た隙を狙って左アッパーを出し、マナミの顎に直撃。マナミからダウンを奪った。しかし、このダウンはラウンド終了間際に奪ったため、第3ラウンド終了のゴングでマナミは救われる結果となり、左フックでダウンを奪った時間が少しでも早ければ貴子は逆転KO勝利のビッグチャンスでもありながら、ここでは惜しくも逃がすこととなった。勝負の行方は最終第4ラウンドへと持ち込まれた。最終ラウンド開始のゴングが鳴った。このラウンドで両者共にKOを狙って、第1ラウンドと同様の激しい打ち合いとなった。試合終了20秒前にマナミは、この試合での二度目のダウンを喫した。マナミから二度目のダウンを奪った貴子はニュートラルコーナーへと下がって勝利を確信した。だが、マナミはしぶとくレフェリーからのカウント9で立ち上がることとなり、試合は続行に。最終的に規定の4ラウンドを終了して3人のジャッジによる判定となり、試合終了間際のダウンが有効打となった貴子が辛くも勝利となりB級ライセンス昇格へリーチとなった。貴子との試合に敗れたマナミはプロ初黒星となり、二度目のダウンを喫した悔しさを噛みしめながらリングから引きあげることとなった。試合が終わってからの控室への帰り道で、

「ワタシ、最終ラウンドはKOされるの覚悟で相手を攻めた。これがなければ、おそらく負けていた。」

と、リングサイド席にいた有里達に言っていた。

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