第3話

一方のしおりのボクシングとの出会いは、しおりの彼氏の松浦忍との交際がきっかけだった。なんと、彼は当時、現役のプロボクサーだった。フェザー級で世界チャンピオンを目指していた忍は、世界タイトルマッチへの登龍門にあたる日本タイトルマッチに、挑戦者としてリングに上がった。チャンピオンを相手に白熱した打ち合いを演じたが、6ラウンドにダウンを奪われ、このラウンド終了間際の2分55秒レフェリーストップがかかりTKOで敗れてしまった。試合終了後、控え室に戻った忍は、右目がかすんで見える自らの異変に気付き、病院へ向かった。診察結果を聞いて忍はショックを受けた。右目上網膜剥離。ドクターストップがかかり、現役引退を余儀なくされた。2年前の秋のことだった。当時、高校生だったしおりは、彼のボクサー生命が、この試合で断たれたことを知り、ショックを受けた。その年のクリスマス、2人はデート中、こんなことを話すことになった。忍が、

「オレ、チャンピオンになるのが夢だった。こんな形で引退することになって、心配かけてすまなかった。」

「ワタシ、決めた!!忍が果たせなかった夢。ワタシが果たすから。」

としおりが言った。

「何考えているんだ!!しおりにオレみたいな痛みを経験させたくない。」

「ワタシ、あきらめないから。今は女性でもボクシングする時代。忍の分までがんばるから!!」

こんな話のやりとりがあった。卒業後、その決意は固く、ジムへ入門することとなった。忍も、そのことを知り、トレーナーをする覚悟を決めた。昨年の12月にライセンスを取得したしおりは、3月のデビュー戦で判定勝利。プロとしてのスタートをきった。貴子もボクシングを始めて1年が経ち、ジムの会長と相談して、6月にプロテストを受ける運びになった。そんな中、貴子と同じウエイトのフライ級〈50.8㎏以下〉で戦っている麗香が、5月末に行われる試合で、フライ級の6回戦で麗香と同じフライ級の日本ランキング8位に入っている宮本アリサとグローブを合わせることとなった。勝てば、麗香はランキング入りが懸かった大勝負。かなり気合いが入っていた。麗香の試合と同じ日に行われるアンダーカードでは、しおりのデビュー2戦目にあたるミニフライ級〈47.6㎏以下〉の4回戦が組まれており、しおりの方も試合に向けて気合いが入っていた。貴子にとっては、プロテストが近づいていることから、この試合には特別な想いもあった。先輩達や他の選手達の白熱した試合を観て、近々行われるプロテストへ向けての勉強ともなる試合観戦だった。2人の先輩のうち、しおりの方は判定勝利。一方、麗香は2ラウンドと3ラウンドに一度ずつダウンを奪い、3ラウンド1分19秒レフェリーストップによるTKO勝利を決めた。この試合から2週間後、貴子のプロテストが行われ、合格した。ライセンスが発行され、いよいよプロへの第一歩を踏むこととなった。

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