第32話 マジですか

 7月30日10時、俺は繁華街のある駅近くのカフェで待ち合わせをしていた。


 カフェに着いたのは30分前。待ち合わせ時刻は10時半だからまだ30分は時間がある。


 待合せに遅れることは論外。もしかして相手が早く来ることも考慮して、十分余裕を持って着いておくようにとの師匠のアドバイスに従い、早めにやって来たのだ。


 案の定、カフェの自動ドアが開いて、見知った顔が入ってくるのが見えた。


 彼女は俺を見つけると軽く手を挙げて挨拶すると、カウンターに行って注文をしている。そうして注文したドリンクをお盆に乗せてやって来た。


「高科君、お待たせ。待った?」


「ううん。だいたい、まだ待ち合わせ時間まで30分もあるよ、夏月」


「だって、高科君を待たせちゃいけないって思ったから」


 嬉しそうに笑顔を向けてくる彼女にドキリとする。


 夏月の笑顔は可愛いというより綺麗だ。

 大人びて、清楚で。


 凄い美人なのに、綺麗よりまず可愛いって印象が先に来る梨沙姉とちょっと違う。


「でも嬉しい! 高科君が誘ってくれて」


「だって今日は夏月の誕生日だもんな」


「うん!」


 そう、今日は夏月の誕生日。彼女には楽しんでもらわなくちゃ。






 さて、時は数日前に遡る。


「夏月ちゃんの好きなもの?」


 目の前で神崎さんが首を傾げている。


 臨海学校から帰って翌日、俺は学校にやって来ていた。

 別に登校日という訳では無い。


 部活動で学校にいる神崎さんに会うため。


 その用件と言うのが、神崎さんの口にしていたもの。

 そう、夏月の誕生日に贈るプレゼントの相談をしていたのだ。


 夏月の誕生日は7月30日。

「絶対に忘れないでね」と言われたのだ。


 これで、プレゼントも用意してないとなったら何を言われるかわからない。

 だから、夏月が好きそうなものを聞きに来たという訳。


 そんなもの、わざわざ学校に行かなくてもLINEとかで聞けばいいじゃんと思う人もいるかもしれないが、何となく、面と向かって聞いた方がいいと思ったんだよね。聞く相手は本人じゃ無いけど。


「そんなの本人に聞けばいいじゃん」


「いや、ストレートに聞くのも考えたんだけどさ、やっぱりサプライズとかあった方が嬉しいかなって」


「うーん、ああ見えて夏月ちゃん、結構可愛いものとかも好きだけど……」


 可愛いものか。

 こないだ夏月の家に行った時、部屋にぬいぐるみとかは無かったように思うが、実は好きだったりするのだろうか。


「うーん、夏月ちゃんの好きなものねえ。そうだ、いっそ指輪とか贈ったら?」


「いや、ただの友達からいきなり指輪とか贈られたら恐怖だろ!」


「ただの友達ねえ……」


 いや、少なくとも指輪を贈るような関係じゃ無いぞ。

 だいたい、高校生の乏しい財力を舐めるな。


 神崎さんは暫く考え込んでいたが、ポンッと手を打った。


「いいの思いついた! 高科君、スマホ貸して」


 ん? 何だろうと思いつつ、ロックを外してスマホを渡す。

 神崎さんは、パパッと操作して、LINEを開くと夏月とのトーク画面に文字を打ち込み始めた。


「お、おい、何やってるんだよ?」


 こちらの制止も聞かず、打ち込んだのは──


『夏月の誕生日、二人きりで遊びに行こう』


「お、おい……」


 文句を言おうとしたら、言い終わる前にポンッと通知が鳴った。

 恐る恐る画面を見ると──


『行く!』


 承諾の返事が、Vサインをするウサギのスタンプと共に送られてきたのだった。





 ──と言う訳で本日に至る。


 神崎さんは「別にプレゼントだからってモノにこだわる必要は無いんだよ。女の子が一番うれしいのは思い出なんだからさ」とか言ってたけど、本当にこんなのでいいのだろうか。


 まあ、神崎師匠の言うようにやってみるしか無いよな。

 それに、夏月も喜んでくれてるようだし。


 今日の夏月は、襟にフリルの付いたブラウスに下はレーススカート。

 お嬢様然とした夏月にとても似合っている。


 さて、まずは女の子の服を褒めろ、それが師匠の教えだったな。


「夏月、その服、とても似合ってる。可愛いよ」


「あ、ありがと……」


 夏月は真っ赤になって俯いてしまった。

 ……これでいいんだよな?


 さて、今日の予定だが、一応、ちょっとだけ下調べしてはいるけど、女の子とのデートなんて経験の無い俺がうまくエスコートできるなんて思えない。梨沙姉とのデートは、あれはノーカンだ。そもそも連れまわされただけだし。


 と言うことで、夏月の希望を聞いてみよう。神崎師匠も相手の希望を聞くのは間違いでは無いって言ってたしな。


「夏月、今日、行きたいところとかある?」


「高科君の好きなところでいいよ」


 おおう、来たよ、一番困る回答。


 師匠では無いが、ネットで調べた情報だと、女の子の「何でもいい」とか「あなたの好きなもの(こと)」と言うのは絶対信用してはいけない言葉だそうだ。


 これを馬鹿正直に信じて自分の好きなところに連れて行って女の子を不機嫌にさせる男のなんと多いことか。いや、ネット情報だけどね。


 まあ、そう言うことで、自分の好きなところと言うより、女の子の好きそうなところに連れて行くのが正解なんだろう。





 と言うことで、まずは繁華街をブラブラしつつウィンドウショッピング。

 ウィンドウショッピングが嫌いな女の子はいない!……はず。


 事実、隣を歩く夏月はとても楽しそうだ。


 女の子らしく洋服やアクセサリーに目を止め、楽しそうに店をのぞき込む夏月は可愛い。いつも大人びて見える夏月が年相応の女の子に見えると言うか。


 そうこうしているうちに、見慣れたビルが見えてきた。先日、梨沙姉の水着を買いに来たファッションビル。


「入って見る?」

「うん」


 別に水着を見に来たわけじゃ無い。女性向けのテナントがいっぱい入ったファッションビル。夏月にも楽しいだろうと思ったんだ。


 それにこのビルには女の子にも人気のちょっとお洒落なレストランもある。少しお高めだけど、夏月が喜んでくれるなら、そういうところで昼食をとるのもいいだろう。


 そう、思ったんだ。だけど──


「ねえ、りっちゃんと水着買ったの、このお店?」


 例の水着コーナーに差し掛かったところで夏月に睨まれた。


 いや、何でそんなことわかるの?


「目撃証言を聞くに、このビルから出てきたのは把握してたし、並んでる水着のラインナップを見てそうかなあって」


 怖い、怖いよ、夏月。目が座ってるよ。


「た、確かにこのお店だけど、水着買うの付き合っただけだぞ」


「本当に? 試着室に一緒に入ったりしてない?」


「してない、してない。試着した水着の感想は言わせられたけど、試着室に一緒に入ったりはしてないから!」


 だいたい試着室に一緒に入るとか、エ〇漫画じゃ無いんだから。

 だけど、夏月は険しい顔を崩さず、俺の手を取った。そのまま、店の中に入っていく。


「おい?」


「私も試着して感想言ってもらう」


 ええぇ、マジですか……



========

<重要告知>

1月中、週2回(月、金)更新としておりましたが、2月から、従来の週1(金曜)更新に戻ります。

次回は引き続き夏月の誕生日回。

2月7日(金)20:00頃更新。

第33話「あなたの好きを知りたい」。お楽しみに。

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