お正月番外編 幸せは既にそこに在る

 パンパンッ!


 柏手の乾いた音が澄んだ空気の中、響き渡る。

 二礼二拍手一礼。

 神社の本殿に向かい、手を合わせ、今年の無事を祈る。


 参拝を済ませた俺は人波から離れ、隣を歩く少女に語り掛けた。


「凄い人出だね、梨沙姉」


「そうだね」


 周りを見渡している梨沙姉は艶やかな振り袖姿。

 薄い金色の生地に花柄があしらわれた豪華な着物。

 髪は緩く編んで垂らされ、大きな花の髪飾りが飾られている。


 とても華やかで、大輪の花のような梨沙姉の美しさをこれ以上無い程引き立てている。


 我が従姉妹ながら、その美しさに、しばし見入ってしまう。


 その視線に気づいてか、気づかずか、梨沙姉はクスリと笑うと顔を寄せてきた。


「ねえ、了君は何をお祈りしたの?」


「え、今年の無事をお祈りしたけど?」


「ええっ、それだけ?」


「? それだけだけど」


 何故か梨沙姉が不満顔だ。何か間違ったことを言っただろうか?


「じゃあ、梨沙姉は何をお祈りしたの?」


「んー、秘密」


「あ、狡い。俺、ちゃんと答えたのに」


「フフ、いつか話してあげる」


 口元に指を立ててウィンクする梨沙姉の笑顔にドキリとして、それ以上追及できない。


 ……本当に狡い。可愛くて、あざとくて。


 その梨沙姉は、俺から視線を外すと別の一画に目を向けた。


「ねえ、了君、あそこ、甘酒がある。一緒に飲も!」


「う、うん」


 梨沙姉に手を引かれるまま、振る舞いどころで甘酒を飲んでいたら、突然声を掛けられた。


「あ、了お兄ちゃんだ、ヤッホー!」


「こら冬香、お行儀悪い!」


 やって来たのは、夏月と冬香ちゃんだった。


「夏月、冬香ちゃん、明けましておめでとう」


「おめでとう。高科君も、りっちゃんもよろしくね」


 二人に新年のあいさつをすると、夏月からは返事が返ってきたが、何故か冬香ちゃんは渋い顔である。


「了お兄ちゃん、夏月お姉ちゃんに今年最初に出会って最初の挨拶がそれですか?」


「?」


「せっかく夏月お姉ちゃんが気合を入れてるんだから、一言あって然るべきだと思うんです」


 そう言われて改めて二人を眺める。

 冬香ちゃんの言うとおり、二人の気合の入った振り袖姿を。


 夏月は紺に花柄の振袖。髪は高く結ったロングポニー。その両脇に花の髪飾りが刺しこまれ、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


 一方、冬香ちゃんは薄紅色に花柄の振袖。髪はサイドを結って後ろで結び、そこに花の髪飾りを差しこんである。冬香ちゃんの可愛いイメージにぴったりな装い。


「ごめん、ごめん、夏月、冬香ちゃん、似合ってるよ」


「似合ってる、だけですか?」


「え?」


 グイグイ迫って来る冬香ちゃんにタジタジになってしまう。


「え、と……二人とも可愛いよ」


 真っ赤になっている夏月にドギマギしていると、後ろから冷たい声。


「了君、私には?」


 えぇ……。いや、梨沙姉には朝から10回は可愛いって言わせられたような気がするんだけど……。


「了君!」


「……可愛いよ、梨沙姉」


「むううう、心がこもって無い」


 勘弁して。


 話を逸らそうと、周りを見回す。その視線の先にあったのはおみくじ。


「おみくじ引いてみようよ」

「「「引く!」」」


 よしよし、みんな乗ってくれたな、と100円を出しておみくじを引く。


 さてさて、今年の運勢は……


 =======

 末吉

 辛いことが起ころうとも受け止めて前に進むようにしましょう。あなたのことを見ている人が必ずいます。


 願い事:諦めなければ、いつか叶う

 恋 愛:幸せは既にそこに在る

 学 問:努力すれば実となる

 金 運:実り少なし

 病 気:抱え込まず人を頼るべし

 =======


 うーん、末吉か。凶よりはマシだけど。


 周りでは、梨沙姉が「やった、大吉だ!」と喜んでいる。

 夏月も大吉、冬香ちゃんは中吉のようだ。


 まあ、こういうのは当たる、当たらないじゃなくて、心構えだ。

 俺の場合は、何があろうと前に進む、その心構えが大事だと言うことなのだろう。





 それから4人で参道の出店を見て回った。


 女性陣はりんご飴を買い、俺は牛串を確保した。なお、途中、止めたにもかかわらず、梨沙姉がお神酒の振る舞いどころに駆けて行って、「美味しかった~」とか言って帰ってきたのは見て見ぬふりをした。


 今は参道脇のベンチに座って、食べながら雑談。


「そう言えば、了お兄ちゃん、この間は誕生日プレゼント、ありがとうございました」


「ああ、当日もお礼言ってもらったし、別に大丈夫だよ」


「それでもです。ちゃんとお礼は言っておかないといけないので」


 冬香ちゃんの誕生日は12月25日。

 当日は、前日に間違えて飲んだシャンパンのせいで二日酔いだったため渡すことが出来なかったが、その後の週末に渡しておいたのである。


「それにしても人出が多いね」


 周りを見渡しながらつぶやく夏月に釣られて改めて周囲を見る。押し合いへし合いという程では無いが、かなりの人混みである。


「お姉ちゃん、知らないの? ここ、縁結びの神様で有名なところなんだよ。最近ではインスタ映えするスポットとしても有名なんだから」


 そうだったのか。しかし、縁結び……

 何とは無しに梨沙姉と夏月を見て、二人と視線が合って、慌てて目を逸らす。


 いや、そんなつもりで見たわけじゃ無いぞ。

 だいたい、梨沙姉は従姉妹だし、夏月は幼馴染。恋人じゃ無い。


 そう言えば、と先ほどのおみくじを思い出す。

 恋愛運は「幸せは既にそこに在る」だったか。


 「そこに在る」ね。


 別にそれは、梨沙姉と夏月のことを言ってるわけではあるまい。

 だけど、恋愛とかとは関係なく、この地に来て、この二人に出会えて、俺は幸せになれた。


 これからも、こうした関係を続けて行けるのだろうか……


 その後もいろいろな話をしたが、そのうち、梨沙姉がウトウトしだした。

 かと思うと、俺の肩にもたれて寝息を立て始める。


「りっちゃん、もしかしてさっきのお神酒で酔っちゃった?」


「どうだろう、お酒って言っても、盃にちょっとだし、酔うとも思えないんだけど。むしろ、朝早くから美容院行って着付けしてたから疲れたんじゃ無い?」


「どうする?」


「俺は梨沙姉が目を覚ますまでここにいるよ。だから気にしないで帰って」


「わかった。じゃあ、高科君、今年もよろしくね」


「ああ、こちらこそよろしく」


 離れて行く夏月と冬香ちゃんを見送った俺は梨沙姉に話しかけた。


「梨沙姉」


「……すぅ」


「起きてるでしょ」


 その声に、梨沙姉がガバっと起き上がった。


「な、何で分かったの?」


「分からないはず無いだろ、こんな下手な演技。て言うか、お神酒飲んだのも嘘だな。飲んで酔った振りしたんだろう?」


 お神酒の振る舞いどころに走って行ったのは見たが、飲んでるところは誰も見ていないのだ。


 モジモジとばつの悪そうな顔。梨沙姉は消え入りそうな声で呟いた。


「だって……了君と二人きりでいたかったんだもん」


 はぁとため息を吐く。


 まあ、いいか。

 さて、今年はいったいどんな年になるのだろう。

 まだ見ぬ明日。でも、前に向かう心は大事にしよう、そう思った新年だった。



========

<後書き>

明けましておめでとうございます。

新年最初の更新は番外編でした。クリスマス番外編と同じifの世界線でのお話です。

もしよろしければ☆レビュー、フォロー等いただけますと励みになります。


今日はこの後、20:00頃に本編第22話 「俺に任せろ!」の投稿も予定しています。

本年もよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る