第15話 まるで宝石のような

「了君、なっちゃん、見て見て! 可愛いよ!」


 梨沙姉が満面の笑みで俺達を呼んでいる。

 その腕の中には小さな兎。

 動物触れ合いコーナーで小動物と遊んでいるのだ。


 GW初日に遊園地にやって来た。三人で。

 この遊園地は動物園にプールと遊園地が併設されている施設で、入場門をくぐるとまず、動物触れ合いコーナーがある。


 今はテンションMAXで飛び込んでいった梨沙姉の後を夏月と二人ついて行っているところ。


 それにしても本当に可愛い。──梨沙姉が。

 兎を抱いている彼女の頭にはネコミミのカチューシャ。


 入場門前の売店で「かわいー」と買っていた。

 そのネコミミがめちゃくちゃ似合っている。


 オフショルダーニットにミニスカートとロングブーツと言う今日のコーデと合わせ、小悪魔と言うか、ネコ獣人娘と言うか、もうヤバいくらい可愛さ半端ない。


 俺と夏月はと言うと、その可愛さから繰り出される笑顔に当てられて、さっきから微苦笑しっぱなしだ。


「本当に元気ね」


「そうだね」


 二人とも梨沙姉のテンションについて行けず、何となく遠巻きに見ていたら、焦れたのか手をブンブン振って来た。


「了君、おいでよ! いつまでもウサ耳少女の横にいるんじゃ無くて、本物の兎撫でよ!」


 ブホォッと吹き出してしまう。横を見たらじろっと睨まれた。


 その睨んだ瞳の上で揺れているのはウサ耳のカチューシャ。

 テンションMAXの梨沙姉が一緒に買って、夏月の頭に乗っけた奴である。


 嫌なら外せばいいのに、律儀に乗っけてるんだもんな。


 なんかジワジワこみ上げてきてクックッと笑ったら、一層恨めしそうな目を向けてくる。


「どうせこんな可愛いの似合わないって思ってるんでしょ」


「そんなこと無いって。似合ってるよ」


「嘘」


 半眼で睨んでくるけど、ウサ耳のせいもあって全然怖くない。


「嘘じゃ無いよ。そりゃ、彩名さんのイメージとちょっと違うけどさ」


「私のイメージって?」


「だって、彩名さんって、知的って言うか、『お嬢様』って感じじゃ無い?」


 彼女の今日の服装は白のブラウスにハイウェストの紺のフレアスカート。ストレートロングの黒髪と相まって、まさに清楚なお嬢様ってスタイルだ。それにウサ耳カチューシャが揺れているのは、かなりギャップがあるが、断言しよう。そのギャップがいい!


「…………」


「?」


 無言でいる夏月の反応を不思議に思って見たら、ちょっと呆けたような顔をしていたが、クスリと笑った。


「何それ? 私がお嬢様って」


「あ、あくまでイメージの話だから」


「あら、じゃあ実際の私はお嬢様じゃ無いって言う訳?」


「え、えと……」


 問い詰められて、何か言わなきゃと焦るが、そんな俺の口を夏月の指が優しく塞いだ。


「ごめんなさい、意地悪しちゃった。それとありがとう、褒めてくれて」


 淑やかに微笑む彼女の瞳にドキリとする。


「あ、えと……うん」


 自由になった口は言葉を探すけど、結局曖昧に相槌を打つだけ。

 そこに不機嫌そうな声が駆けられた。


「おーい、二人だけの世界に入ってませんかあ?」


「そ、そんなこと無いよ、りっちゃん」

「そう、そんなこと無いから」


「ふーん」


 いつの間にか、真横に来ていた梨沙姉にじろっと睨まれた。

 焦ったけど、実は少し助けられたかも。

 あのまま、どういう会話を続けりゃいいかわからなかったしな。





 その後、遊園地に場所を移し、いくつかアトラクションにも乗って。

 今はジェットコースターに乗った後、少し気分が悪くなって、ベンチで休んでいる。


「大丈夫、了君?」

「大丈夫、高科君?」


 両脇から二人に心配されるけど情けない。

 ジェットコースターで気分が悪くなるとは思わなかった。


 そう言えば、俺、ジェットコースターって乗るの初めてだったんだよな。


 子供の頃は身長制限にかかっていたし、ある程度大きくなってからは遊園地自体行かなくなっていた。両親は共働きで忙しかったし、一緒に遊びに行くような友達はいなかったから……。


 だから今日ははしゃいでいたのかもしれない。


 そんなことを益体も無く考えていたら、「横になった方がいいよ」という声とともに、梨沙姉の手が俺の肩を掴んだ。そのまま横倒しにされる。


 えっ、と思う間もなく、頭が柔らかいものの上に置かれた。


「ちょっと、りっちゃん何してるの?」


「え? 了君、気分悪いから横になった方がいいかと思って」


「それはわかるけど、何でいきなり膝枕?」


 夏月が梨沙姉に抗議してるけど、俺の混乱はそれどころじゃ無かった。


 俺、今、梨沙姉に膝枕されてる?

 梨沙姉、今日ミニスカートだったよね。

 じゃあ、今、頭乗っけてるのは梨沙姉の生足?

 それより、今、身体の向き変えたら、スカートの奥が見えちゃうんじゃ……


 俺はバッと立ち上がった。


「了君?」


「もう大丈夫、大丈夫だから!」


 実際、気分の悪さなんか吹っ飛んでしまっていた。

 梨沙姉の生足治癒力恐るべし。


「さあ、次に行こう!」


 そう言うと、ズンズン歩き出した。二人を置き去りに。

 だって、今、二人の顔を見ることなんか、とてもできない。





 それからまた、三人でいろいろなアトラクションで遊んだ。さすがにジェットコースターにはもう乗らなかったけど。


 後、お化け屋敷は夏月が絶対嫌だと言うので諦めた。夏月がお化け苦手と言うのは意外だったな。


 そうして日が西に傾いた今、観覧車に乗って景色を眺めている。ゴンドラの窓からは、動物園やプールを含む全景が見渡せる。


 その夕日に照らされる光景を見ながら、俺は二人に語り掛けた。


「梨沙姉も彩名さんも、今日は付き合ってくれてありがとうね」


 いきなり何を言い出すのかと思ってるのだろう。困惑したような表情を浮かべる二人に言葉を重ねる。


「俺、こうやってみんなで遊びに来るの夢だったんだよ。二人と別れてから俺、ずっと一人だったから」


 事情を知る夏月が一瞬顔を歪めたけど、見ないふりをして続ける。


「やっとまた3人で一緒に遊べるのが嬉しくてさ」


 そう、今日の一日は俺にとって、これまでやりたくてもやれなかったことを漸くできた日。失っていたものを取り戻した日。まるで宝石のように大切な……


「今日だけじゃ無いよ」


 梨沙姉の優しい声が響く。


「また、いつでも来れるよ」


「そう。それに3人だけじゃ無くて今度は芳澤君や美奈も誘おうよ」


 梨沙姉の言葉に夏月が言葉を重ね、その提案に心が温かくなる。

 ああ、本当に良かった。今日、二人を誘って。


 そこにパンッと梨沙姉が手を打ち鳴らす。


「そうだ。ここ、7月になったらプール始まるから、その時また来よう! みんなで泳ごうよ!」


 それもいいなあ。プールか。

 ……待てよ、プール、プールと言うことは水着?


 梨沙姉と夏月の水着……水着……


「ちょ、ちょっと了君、鼻血、鼻血!」

「高科君、大丈夫?」


 二人に心配されちゃったけど、絶対に悟られてはいけない。鼻血の原因を。



========

<後書き>

次回は12月20日(金)20:00頃更新。

第16話「初めてのキス」。お楽しみに。

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