第13話 あの鈍感!
「ううう、恥ずかしいよう」
家に帰って来て着替えもそこそこに、ベッドに突っ伏してもがいている。
「絶対ばれたー、私の気持ち!」
美奈に思い切り暴露されてしまった。
すぐに口押えたけど、多分聞かれてしまっただろう。
小学校で喧嘩別れみたいになっちゃったけど、それでも、ずっとずっと好きだったなんて知ったら、高科君はどう思うだろう。
「重い女と思われてないかなあ……」
だって、だって、彼はすごくカッコよくて、それに私の詩を褒めてくれて……
見よう見まねで書いていた詩。
大人ぶって見せたくて、ちょっとこじゃれた表現を取り入れてみた。
今から見れば、こまっしゃくれたガキが背伸びして書いた、ただ痛いだけの詩。
でも、彼はそんな詩を真正面から褒めてくれた。
邪気の無い真っ直ぐな瞳を輝かせて。
思えば、あの時、私はもう恋に落ちていたのだ。
それなのに、あんなことを言われて、取り乱して、ただ逃げてしまった。
すぐに会って話をすれば誤解なんて解けたはずなのに。彼が本気であんなことを言ったわけでは無いはずなのに。
でも、怖かった。
『は? 何言ってんの? お前のことなんか嫌いだよ。何勘違いしてるんだ、このブス』
万が一にも、そう言われてしまうことが怖かった。
自分が決定的に傷ついてしまうことが怖くて……逃げた。
彼はそれで酷いいじめに会っていたと言うのに。
奇跡的に再会できて、あの言葉がやっぱり本意で無かったとわかった時、どんなに嬉しかっただろう。
「君は何も悪くない」、そう言ってくれた時、どれほど救われた気分になっただろう。
叶うのなら、あの時、彼を抱きしめて、大好きと伝えたかった。
でも、そんなのあまりに身勝手な気がして。
逃げた私が彼の傷心に付け込むのは許されない気がして。
だから、もう一度友達からやり直そうと提案したのだ。溢れ出そうになる気持ちを抑えて。
それなのに、彼の隣にはもう、りっちゃんがいて……それどころか、ひとつ屋根の下に住んでいて。
あんな美人で、エッチな女の子と同居して間違いが起こらないだろうか。
いや、今この瞬間に間違いが起こってるかも⁉ ……そ、そんなこと無いよね?
目の前のスマホを取り上げる。
LINEの宛先は交換してるから、今何してるかなんて、聞いてみればいい。でも、指が動かない。
何やってるの、私。ただ普通にLINEするだけじゃない。
たっぷり5.6分葛藤した後、ようやく文字を打ち込む。
『今、何してるの?』
これでいい。別に不自然じゃない。友達同士なら、いつもこんな会話をしているはずだ。
……送信、と。
5分、6分……。返事が無い。既読すらつかない。
どうしたんだろう。気づかないのかな。……まさか、通知だけ見てスルーされてる?
そうしてたっぷり煩悶と妄想に苦しめられて20分くらい経った頃、ポン、とLINEの通知が点いた。
ひったくるようにスマホを取り上げて読む。
『お風呂に入ってた』
そうか、とホッとする。
お風呂じゃ仕方ないよね。無視されてたんじゃ無くて良かった。
……だけど、待てよ、という思いが浮かび上がる。
まさか、まさか……りっちゃんと一緒に入ってたんじゃ無いよね⁉
いや、いくら同居してるって言ったってそんなことはあるまい。
ドア開けるのすらノックするって言ってたじゃない。高科君が、そんな破廉恥な真似するわけが無い。
……でも、りっちゃんが乱入してきたら?
高科君が身体を洗っていると、ドアが開いてりっちゃんが入ってくるの。
バスタオル1枚だけを纏った姿で。
当然、高科君は出て行けって言うんだけど、りっちゃんが「背中流してあげる」って言って。
高科君優しいから、「背中だけなら」って了承しちゃうんだ。
でも、背後に回ったりっちゃんは、はらりとバスタオルを落とすと、密着してきて。
動揺して「おい、当たってるぞ」って言う高科君に「当ててんのよ」なんて言って。
それで、前に回した手がどんどん下にさがって行って……
「ダメえええええええええええええっ!!」
ドンドン!
「お姉ちゃん、今凄い声がしたけど大丈夫?」
ドアを叩く妹の声で我に返る。
いけない、いけない。
妄想に動揺して絶叫してしまった。
「な、何でもない。大丈夫だから」
妹を安心させるよう答えると、改めてLINEの画面を見つめる。
何と返そう。
『一人で入ってたんだよね?』
いや、ダメでしょ。何その質問。絶対変に思われる。
『お風呂気持ち良かった?』
うーん、彼女でも何でもない友達から送るにはちょっと……
ダメだ、何も思いつかない。結局、小一時間唸りに唸って、何も返事できないで終わってしまった。
翌日、昼休み。
皆で学食に来ている。
メンバーは私、高科君、芳澤君、それに美奈。
これまでは高科君と二人、教室で食べてたけど、他の女子の視線が鬱陶しいのと、今日は別の目的もあって、学食組の芳澤君や美奈と合流することにしたのだ。今後はこの4人で食べようと合意して。
学食は基本、学食のメニューを買って食べる人優先。だけど、学食組と一緒のグループなら弁当派や購買組も学食で食べるのを黙認されている。
さて、私はみんなが席に着いたのを見計らって切り出した。
「ねえ、みんな、ゴールデンウイークはどうする?」
ついこの間、新学期が始まったような感じだが、早いもので来週末からGW。今日は金曜日だから1週間後にはもうお休みなのだ。
とは言え、カレンダー通りだから、大人みたいに9連休とか10連休とかじゃ無い。前半の3連休と後半の4連休があるだけなのだが、それでも普通の週末とは違う。ちょっとした遠出もできるだろう。このチャンスにみんなで遊びに行くのだ!
四六時中いっしょにいるりっちゃんに対抗するためにも、高科君と一緒の時間を作らなくては。学校では一緒だけど、落ち着いて話ができるのなんて昼休みくらいしか無いし、登下校時はりっちゃんが側にいるし。
だからGWでチャンスを作るしか無い。
でも、二人でお出かけだとハードル高い。それって、まるでデートみたいじゃ無い? 男友達ならともかく、異性の友人から二人きりで出かけようなんて誘われたら、彼も引いてしまうかもしれない。
だけど、友達4人で遊びに行くってのなら、何の問題も無い。デートじゃ無くて、単に遊びに行くだけだし。もちろん、遊びに行った先で二人きりになるチャンスはいくらでもあるだろう。
さすが私。完璧な作戦ね。
「あー、あたし、5月3日に地区予選があるから前半ずっと部活。4,5,6は休みなんだけど」
「俺も30日に親善試合があるから前半は駄目だな。3,4,5は休みだぞ」
……体育会組が早々に脱落してしまった。いや、まだ4日、5日がある! 高科君、4日、5日、空いてるよね?
「俺、後半の4連休、叔父さんが軽井沢の別荘に連れて行ってくれるって言ってるんだよね。だから後半はアウトだな。前半は空いてるけど」
「おー、別荘とかブルジョアかよ」
「いや、俺のじゃ無くて叔父さんのだからな」
「ねー、ねー、軽井沢土産買ってきて」
……
…………なんで? なんでなの⁉
なんで7日もある休みの予定が全く合わないの?
か、完璧な作戦だったのに。ガラガラと音を立てて崩れていく……
その日の夕方。
家に帰り、着替える気力も無いままにベッドに突っ伏している。
結局、遊びに行く計画は立てられなかった。4人の予定が合わないんだもん。仕方ないよね。
それにしても高科君、軽井沢の別荘ってことは、そこでもりっちゃんとずっと一緒なんだ。まあ、今でもずっと一緒なんだけど、旅行先って何か特別感とか、開放感とかあって、大胆な行動に出たりするよね。
りっちゃんとそのまま一線超えて……
いやいや、そんなことあるはず無い。りっちゃんのご両親も一緒なんだから。
そのまま、ああでも無い、こうでも無い、と懊悩していたら、ポンっと、LINEの通知が鳴った。
「高科君⁉」
送り主の名を見てベッドから飛び起き、急いで読む。
『彩名さん、GW初日の土曜日、空いていたら、一緒に遊びに行かない?』
『行く!!』
間髪入れずに返事してしまった。
やった、やった、やったぁっ!! 高科君が誘ってくれた。嬉しい!
何処連れてってくれるんだろう?
あ、それより、服選ばなきゃ。
高科君、どんな服が好みかな? フェミニン系? ガーリー系? そ、それともセクシー系?
そうだ! いざという時のために、下着も……いやいや、流石にいきなりそれは無いでしょ。何考えてるの、私。
でも……やっぱり何かあった時に備えとかなきゃ。あんまり気合の入ったのだと、引かれちゃうかもしれないし、清楚で、それでいて、ちょっと蠱惑的なのを……
その時、またポンっと通知が鳴った。
『良かった。梨沙姉も行けるって言うから、久しぶりに3人で遊ぼう』
「あ゛?」
思わず変な声が出てしまった。
3人? りっちゃんと一緒?
どういうこと? ふざけてんの?
いや、落ち着け、私。おそらく、高科君に悪意は無い。彼はただひたすら善意で言ってるんだ。
久しぶりに幼馴染3人で遊びたいねって。
わかる。わかるんだけど……ああ、この数分間のときめきを返して!
まったく、まったく、まったくぅっ!
「あの鈍感ーーーーーーーっ!!」
ドンドン!
「お姉ちゃん⁉」
「何でも無い! 大丈夫!」
ああ、妹を安心させられる日は遠そうだ……。
========
<後書き>
次回は12月6日(金)20:00頃更新。
第14話「梨沙っちはポンコツ可愛い」。お楽しみに。
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