第7話 赦し

 遊歩道を夏月と二人で歩く。


 咲きほこる桜の下、美しいクラスメートと一緒の下校。

 楽しいはずの青春の1ページ。でも、今の俺には針の筵。


 ちゃんと謝罪を伝えないといけない、そう思っているのに、唇は何も紡ぎ出してくれない。

 逆に、夏月の方から話しかけてきた。


「ちょっと座ろうか」


 街路樹前の柵がベンチのようになっていて、座ることができる。

 そこに座って話をしようという提案だった。


 言われるままに腰を下ろすと、彼女が隣に座ってくる。


 その距離の近さに戸惑いつつ、横にずれるのも失礼なような気がして、そのままの距離を保つ。


 今だ、今こそちゃんと口に出せ。「ごめんなさい」、ただそう一言口にするだけだ。


「ごめんなさい」


「……え?」


 謝罪の言葉を口にしたのは夏月だった。


 混乱してしまう。

 なぜ酷い言葉を浴びせられた夏月が謝っているのだ。


 戸惑っている俺をまっすぐ見つめながら、彼女は説明を始めた。


「私ね、あなたがあの後どういうことになったか、知っていたんだ」


「え?」


「あんなことがあった後、すぐに転校しちゃったから詳しく知っているわけじゃ無いんだけど、中学になった後、一度だけ同窓会の案内が来てね」


 そうか。俺にはそんな案内は来なかったな……。


「遠くに行っちゃってたから出席するつもりは無かったんだけど、もしあなたが出席する予定だったらって思って、仲が良かった友達に連絡したんだ。そうしたら、『あんな奴、呼んでるわけないじゃん』って言われて」


「……」


「それで、あなたが皆から酷いいじめを受けて、別の中学校に行っちゃったこととか聞いたの」


「……」


「あの時、私が泣いちゃって、学校に行かなくなって転校しちゃったから、あなたへの皆の仕打ちを止めることができなかった」


「……」


「あなたがあんなこと本気で思ってるわけじゃ無いってわかってたのに。ちゃんと皆に、気にしてないよって伝えていれば変わったかもしれないのに……」


「……」


「あなたを酷い目にあわせてしまいました。だから……ごめんなさい」


「……なんで?」


 それまで黙って聞いていたけど、もう我慢ができなかった。


「なんで彩名さんが謝るんだよ! 謝らなければいけないのは俺だ! 傷つけたのは……俺なのにっ!」


「高科君……」


「悪いのは俺だ! ただ恥ずかしくて、それを誤魔化すためだけに君に酷い言葉を浴びせて! 君は何も悪くない! だから……謝るのなんて止めてくれ!」


 悲鳴のような、叩きつけるような懺悔。


 俺は軽率な言葉で傷つけただけでは飽き足らず、その後の自業自得の俺の運命にまで責任を負わせようとしていたのか。


 何も言えなくなってしまった俺を、夏月はまっすぐ見つめていた。やがて、その口が静かに開く。


「わかった。謝るのは止めにしましょう。でも、それはあなたも同じ。お互いに謝罪しあっても、あの日のことを無かったことにはできないから」


 そう言うと、手を差し出してきた。


「だから、私たち、もう一度友達からやり直しましょう」


「……友達から?」


「ええ、高科君、お願い。私と、また……友達になってくれますか?」


「あ……」


 手を取ることはできなかった。


 こみ上げる嗚咽とあふれる涙で何も見えなくなってしまったから。


 悔やんでも悔やみきれない、あの日の過ち。それからの茨の日々。

 その全てが赦された……そう、思えたから。


 身を折って号泣し続ける俺の背を、夏月が優しくさすってくれている。

 その優しさが一層、涙を生み出していた。





 しばらく泣き続けていたが、ようやく涙も枯れてきた。


 やっと彼女の顔をまっすぐ見ることができる。……そう思ったら、つい、と彼女の手が伸びてきた。


「酷い顔だよ」


 そう言うと、手にしたハンカチで涙をぬぐってくれる。


「ご、ごめん」


 ばっちい涙で彼女のハンカチを汚してしまったと思って謝ったら、クスリと笑われた。


「また、謝って。そうじゃ無いでしょ」


「え、と……ありがとう」


「よろしい」


 パチリとウィンクしてくる彼女に、ようやくこちらも笑顔が出るようになった。


「ありがとう、彩名さん。俺の方から改めて言わせてくれ。俺と友達になってください、お願いします」


「ええ、喜んで」


 ようやく彼女の手を取り、握り合うことができた。その握手に万感の思いを込めて。


 さて、話も終わったというところで、駅に向かおうとして大事なことに気づいた。


「彩名さん、さっきのハンカチ、洗って返すから渡して」


「いいよ、気にしなくて」


「いや、汚れちゃったから、きちんと洗って返さないと」


「……友達の涙を汚いなんて思わないから」


 その言葉に心打たれつつ、いや、涙だけじゃなくて鼻水も含まれてたはずだけど……という言葉は、言えそうにない雰囲気だったので、飲み込んだ。


 本当にすみません、彩名さん。





 その後、遊歩道を駅に向かって歩きながら、いろいろな話をした。転校してからのこと、最近はまっている小説のことなど、いろいろ。


 話しているうちに、今住んでいるところの話になって、駅前のタワーマンションに住んでいると言ったら、見に行きたいと言うことだった。なので、もともと、駅に向かっていたこともあり、今は俺が居候させてもらっているマンションの足元に来ている。


「へえ、凄いところに住んでるんだね」


「いや、これ、叔父さんの持ち物だからな。俺は何も凄くないからな」


「そんなことわかってるって」


 そうやってマンションを見上げながら談笑していたが、後ろから、聞き覚えのある声がかけられた。


「了君」


 振り返ると、梨沙姉が立って、こちらをまっすぐ見ている。でも、いつもの明るい笑顔が身を潜めて、何か厳しい視線を向けている。戸惑う俺に彼女は詰問するかのように声をかけてきた。


「その女の人、誰?」



========

<後書き>

次回は10月25日(金)20:00頃更新。

第8話「りっちゃんとなっちゃん」。お楽しみに。

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