第92話

「なに、どこ行くの?」



ドン、と、鈍い音がした。

その音が聞こえた瞬間、背中に、痛みが走る。

私を壁に力づくでおさえつけたヒカル。



壁と、皮膚と、骨がぶつかる音。


どこ行くの?


逃げるの。


分からないの?



きっ、と、ヒカルを睨めば、鼻で笑うそいつは「俺に抱かれたかったんでしょ?」と、気持ち悪いことを、言ってくる。



「そんなわけ、っ」


「もしかして無理やりやられんの好きになっちゃった?俺の事、待ってたの?だから別れなかったとか?」


「気持ち悪いこというなっ!」



両側の肩を掴んでくるヒカルの胸元を、両手で押した。それでも、ヒカルはビクともしない。


それどころか肩を掴まれる力が強くなって、「⋯いた、い」と、顔を歪ませた。



「あんなに言ったのに」


「はな、して」



こわい、




「また、家で声出しちゃって。あれ、俺に聞かせたくてワザと?」



この男が、怖い⋯っ。



「なっちゃんの声、最高にえろいね」


「やっ、」



片方の肩を外され、そのすぐそばのジャージの襟元を捲ったヒカルは、そのアトを見て、目を細めながら鼻で笑った。



「⋯きもちわる⋯⋯」



その部分に、顔を埋め、生ぬるい舌を這わすヒカルの方が、狂って、気持ち悪くて。

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