第35話 水切りである
「……」
"ノワール流剣術、
「ちっ、また失敗か。空性、中々習得できねぇな。ブランクとかあんのかなぁ。一年ぐらい眠ってたなら、その間は触れてねぇって事だし」
どうも、王国へと介入する為の依頼が入ってくるまでとして、滝がある川で修行をしている最中でござります。
身体能力は目覚めてからで強化されてる。努力をする度に高まっている気がするんだ。
阿修羅の修行の件でも、情熱の炎の件でも、修行を重ねて身体能力を伸ばしてきたつもりだ。
それでも、ノワール家の歴代当主のようには……親父のようにはいかない。
「頑張ってんな」
「ダニスか」
「勇者ちゃん来たがってたぞ」
「いや……ミカの妹に半裸を見せるのは…ちょっと」
あの後、俺はあの子に押し切られてしまった。
自己紹介として勇者である事、ミカの義妹である事、神聖国家エクスプリズムの関係者である事を言われていたらしい。
らしいと言うのは、俺の酔いが深まったからだ。
いやねー、良くないよね。酔っている最中で酔いを利用したパワーアップスキル使うの。
あれ普通に準備してからじゃないとバカみたいに酷くなるよ。
まぁ……戦闘中に酒を飲むのが危険と言われたらそれまでなんだが。
酒飲んだ三回中、二日酔いなってるからな。
そろそろ注意しなきゃ。じゃないとミカに怒られて禁酒にされちまう。
「失敗」
だぁー!集中力が途切れてきた!
この技難しすぎんだよ!ノワール流剣術のヒント一覧に「豪快に、繊細に」は意味がわからんだろ。
ヒントがヒントになっていないこの状況、どう打開をすれば良いと言うのだ。
"空性"を打っていた昔の親父。それが唯一のヒントだ。記憶に残っているだろ、あの時は。
超格好よくて、俺も誰かを助けてみたいと思った。
"ノワール流剣術、空性"
「ダメじゃねぇか!」
失敗を迎え、集中力は限界を迎え、川に背中からドボンした。
親父のフォーム全然参考にならねぇ!構え方、振るう軌道は合わせた。完璧とはいかなくても、結構なシンクロ具合はあった。
それなのに失敗をした。俺が放った"空性"は水を物理的に切ったのみ。
パワーはあれでた足りていたはず。だとしたら技巧の問題か?親父が出したタイミングがジャストタイミングであり、他は全てがゼロになると。
そうだとしたら…中々シビアだな。いや、それどころじゃねえか。タイミングを完璧に合わせれる奴、感覚極まってる奴だけだろ。
それをノワール流剣術の一般として出しちゃダメじゃねえか?
「おいおい、そんなところで寝るなよ。風邪引くぞ」
「るっせ」
言われ出したら水に浸かっている背中が冷たく感じてきた。
はぁー、もうちょっと考えさせてくれてもいいだろうに。こっちはなぁ、奥義を頑張って習得しようとしてんだよ。
もう少し緩やかに見てくれても良いでしょ。
「俺がここに来た要件だが」
あーそーですかー。君は話を聞かないんだね。
「大事な話だ。ここから近い村に迷宮圏が発生した」
「は?だったら問題なくね?死人は出たとしても、帰る算段もなく入るバカだけだろ」
「まぁ、それはそうなんだがな。少し嫌な予感がするんだ」
嫌な予感ー?S級規模の超大厄災じゃなけりゃ、大したもんじゃねえと思うがな。
でも、言ってるのダニスなんだよな。俺なんかよりも経験がある、ダニスなんだよ。
少し信じてみるか。どうせ、もう依頼を受け取っちゃってるだろうし。
違約金なんて払いたくないからな。
***
「なんだよ、これ」
「これ、は……」
俺とダニスが辿り着いた時、それはあまりにも無惨だった。
村の家々が赤く燃え、人の血がそこらかしこに流れ、鼻を刺激するような激臭。
あまりの衝撃過ぎる光景に言葉が出ない。
迷宮圏のマギリアルが地上に出るなんて基本的にあり得ない。
迷宮圏には新しい物、古い物、そのどちらにも備わっているルールがある。
それは、迷宮圏のマギリアルは外に出せないという点。
「出れないんじゃ、なかったのか!?」
そう叫ばずには、いられない。
俺の目の前で人が死ぬ。それを想像せず、想定していなかった訳ではない。
人は死ぬと思っている。それは、知っている。国家転覆をしようとしていたのだから、それぐらいは頭に浮かばせる。
でも、だが、しかし。これは想定するか。これは想像するのか!?
こんな事、思い浮かぶかよッ!
「想像、できるかよォォーッ!」
俺の体は動く。少しの水を瞳に添えつつ、魔力強化をした脚で走る。
地面を蹴り、地面を駆け抜け、俺の体は段々マギリアルどもに行った。
一人で突っ込んでどうするかなんて、考えてもいなかった。まだ人がいる場所で戦うなんて、考えてもいなかったんだ。
ただ俺は、今の俺は、こいつらに大きい大きい蹴りを叩き込みたかった。
そうじゃないと、クソの煮詰めのような、俺の怒りは治る気がしなかった。
「一匹と」
一色のオークの首元に蹴りを叩き込み、へし折る。
もう何匹は……全然取れるな。へし折ったオークを足場として、首を刈り取る。
阿修羅習っといて良かった。
「随分くせぇよ、ここ」
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