第9話(ミカ) 危険な甘さである弐

私が倒れてからどの程度の時間が経ったのでしょうか。

私がしたのは気絶。ですので、どのように時間が経っているのかは分かりません。

ですが、ディニア様に迷惑をかけてしまった事は確かな事実でしょう。


「あ、起きた?おはよう、ミカ」


「はい、おはようございまっ…!?」


私の体は寝起きです。寝起きというものは、いくつかが曖昧になります。

それは意識までもが影響を受け、朧げになってしまうものです。

そして、それを醒めさせるには二つ。

時間か…強烈な刺激。


私の朧げを目覚めさせたのは強烈な刺激の方。

眠たげの瞳を開ければ、ディニア様が一緒になって横に転んでいるのですから。

ディニア様様にとってはなんて事のない行動なのかもしれません。

しかし、相手を考えて行動していただきたいものです。

私が相手と忘れてもらっては困ります。

耐えられる訳が無いのですから。


その思った事、全てを進言しますが、ディニア様には聞いてもらえません。

言葉に笑い、小動物のように縮こまっている私の頭を優しく撫でるのです。

知っていました。ディニア様が受け入れない事など。

ですが!オーバーキルをして良い理由はないのですよ!


「ディニア様、ずるい、です…私ばっかりドキドキして、ディニア様は全然…。やっぱり、私の事なんて」


つい、本音が漏れてしまいました。

私がどれだけ攻めても、ディニア様は余裕の対応をします。

どれだけ誘惑しても、当たり前かのように受け流すのです。


それを見て、思ってしまうのです。

私とディニア様に脈はない。自分が助けた者だから可愛がってくれるのではないか、と。


「あー、そう。そんな事言うんだ。ミカの目って、結構節穴なんだな」


「あの、ディニア様?」


今まで見た事がない程の眼光の鋭さ。

蛇が獲物を見つけた時のような、逃さない意思を表したような視線。

それに私は少しの恐怖を抱いてしまいました。


しかし、その視線から繰り出される行動は甘いものです。

私の頭を片手で掴み、自身の胸部に置かれました。

引っ張る力は優しく、匂いは大変心地が良く。体は自然とそれを堪能しようとします。

それ故に、私は気づきました。ディニア様の心臓の音…それは早く、動いていない状態ならば異常と言える心拍数。


目線を上に向ければ、ディニア様は少し頬を赤らめ、視線を私から外してしまいました。

その光景に少々の困惑を抱き…噛みきれない幸福の感情が私を埋めます。

脈がない。それは私の妄想でしかなく、真実は脈がある。

その現実に、どうしようもない多幸感で襲われてしまいます。


「ミカって俺の事をドキドキしてない言うけどさ…めっちゃドキドキしてるんだけど。ミカって自分の魅力に気付いてないの?一回一回可愛いんだよ。その度にどれだけ俺の心臓が跳ねているか」


「で、ですが…ディニア様、全然反応しなくて」


「どこが。こちとら、反応しまくってるんだけど。だけど格好つけたいから隠してるだけ。それなのに、誤解して。ちょっとムカついた」


何を…されるのでしょうか。

少し、心躍ってしまいます。


***


「そんなに怒らないでよ。何か不満あるの?」


「いえ、不満はありません。ムカついたとか言った割に…神聖国家エクスプリズムに脅迫まがいの手紙を送り、私とディニア様の婚約を苦々しくも認めさせるだけ。それに怒ってはいません」


「頑張ったつもりなんだけどなあ」


私の言葉にディニア様は苦笑いをしつつも、頭を整えるように撫でています。

ようやく婚約に動いていただいた事。

とても嬉しく感じています。が、更に強めを予想していた私としては期待はずれと言ったところです。


……期待はずれ、その言葉は正しくないかもしれません。

私が勝手に期待して、勝手に裏切られただけなのです。

つまり、自分で踊って自分で落とした。

ただ、それだけなのです。


自分でも、面倒くさいと思ってしまいます。

しかし、そんな私でも、ディニア様は見捨てません。

こんな私でも優しく撫で、慈愛で包み込みます。

これこそ、真の愛情と言うに相応しい代物。


囚われの身だった時に現在を言ったとしても、信じてはもらえなかったでしょう。

だからこそ、私は疑問を抱えてしまいます。疑念を思ってしまうのです。


「ディニア様、何故私のような者に愛をくださるのですか」


「好きだから以外にないと思うけど」


知っています。脈を認識し、今までを振り返ってみれば、ディニア様の行動は私を好いているとしか思えませんでした。

だからこそ、私は怖いのです。

ディニア様の愛が、いつか反対に行ってしまえば、私は一人になってしまいます。


「それはない。俺はミカが俺の側から離すような真似をする程、ミカを軽く見ていないんだ。どんな事情があっても取り戻しに行く。それにだ、俺は誓ってんだよ。大好きな魔法にな。……でも、魔法っていう不可思議があるんだ。気持ちが裏返っても不思議じゃない。けど、そういう時は正気じゃない。ぶっ叩いたら解決する」


そうでした。この人は、そういう人でした。

少し脳筋で、好きな人を嫌うのは間違いと言い切るような人でした。

だから、私は心の底から惚れたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る