第92話

「そうなの?」


「うん。もう少し早めに咲くものもあるんだけど、日本にある品種は春咲き」


始めは渋々といった感じで口を開いたお兄さんも、今となっては楽しそうに生き生きした顔で話をしていた。


「クリスマスローズの“クリスマス”はもともとはキンポウゲ科・ヘレボルス属のひとつで十二月に花を咲かせる“ニゲル”っていう品種につけられたんだ。それから“ローズ”ってのは、花の形がバラに似ていたことから『クリスマスに咲くバラ』っていう意味でクリスマスローズって呼ばれるようになったんだよ」


「へぇ…」



相変わらずお兄さんの話はマニアックで情報量が多くてよく分からない。



でも、やっぱり私にはそれが楽しくて仕方ない。



お兄さんから聞く話を覚える気なんてさらさらないのに、私って一体何がしたいんだろう。



「キリストが誕生したその日、マデロンっていう羊飼いの貧しい少女が聖母マリアのもとへ祝福に訪れたんだ。少女は何か捧げものはないかって探したんだけど、季節は寒い冬だったから一輪の花すら見つけることができなくて、それにがっかりして少女は涙を流したんだ」


「……」


完全にスイッチの入ったお兄さんはやっぱり私の反応なんてそっちのけだった。


「そしたら少女の涙は種となってその種から芽が出てきて、そこにはバラのように美しい純白の花が咲き始めた。少女は幸せに満ちて、その花を聖母マリアと幼子キリストへ捧げたんだ。そんな神話も残されているから、清楚で可憐なクリスマスローズは今もキリスト教国の多くの人々に受け入れられていて———…」



ペラペラと流暢に話を進めるお兄さんに私が思わずフッと笑いをこぼすと、お兄さんは話を止めて「え、何?」とキョトンとした顔で私を見つめた。



「いや、生き生きしてるなって思って」


「いや…うん、まぁ割と楽しい」


「“割と”どころじゃないでしょ。かなりでしょ?」


「まぁ…」


お兄さんは照れたように笑うと右手で頭をポリポリ掻いていた。


ちょっと顔が赤くなっているお兄さんを、私は少し可愛いと思った。

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