第90話

「———…はい、では十二月二十五日の朝一にお届けしますので、よろしくお願いします」



十二月二十五日…


クリスマスか。



私はすぐに店先に並んだ花のところへ行っていつものように花を見ていた。



そこにあったのはピンクの花で、同じ形で紫のものもあった。


その花の前には『シクラメン』と書かれた小さなカードが立てられていた。


可愛いな…



私が花の前にしゃがみ込んですぐに、店内からトントンとゆっくり歩いてくる足音が聞こえた。



「いらっしゃい」


お兄さんはいつものようにエプロン姿だった。


「十二月二十五日、どこか行くの?」


「うん?」


お兄さんは私に優しく聞き返しながら、いつものように私の隣にしゃがみ込んだ。


その瞬間、またふわっといつものいい匂いが私の鼻をかすめた。


「今電話で話してるの聞こえた」


「あぁ、なんかクリスマスのイベントがあるみたいでその会場用に花の注文が入ったんだ」


「こんな小さな店にもそんな注文入るんだ」


「店の大きさは関係ないよ。…って言ってもそんな大きなイベントでもないみたいなんだけど」


そう言って笑うお兄さんの腕まくりをしている手は少し赤かった。



水仕事でもしてたのかな。


相変わらず寒そう…


早く中に入ればいいのに。



その思う気持ちとは裏腹に、ずっと私の隣にしゃがみ込むお兄さんに私はいつものあれが欲しくてたまらなくなった。


「ねぇ、今って暇?」


「え?」


「暇だよね!?」


「何言ってんの?俺今仕事中だよ?」



…とか言いながらずっと私の隣で座ってんじゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る