第89話

「エリカ?降りねぇの?」


「え?」


ハルタの声にハッとして目の前を見れば、もうそこは私の降りる駅で電車のドアも開いていた。


「あ、うん!降りる!」


私は急いで電車から飛び降りた。



「じゃあな」


「うん、ばいばい」



私はハルタに手を振ると、すぐにホームを出て歩き出した。




なんだろうね、このなんとも言えない喪失感は。



別に何も失ってないのに。



てか、そもそも私最初から何も持ってない。




なんか今、無性にあのお兄さんのどうでもいい話が聞きたい気分だ。



気付けば私はあの花屋の前で店の中を覗き込んでいた。




いた———…!




お兄さんは店内のカウンターで子機を左耳に当てながら俯いて何かを書いていた。



しばらくそのまま見ているとパッと顔を上げたお兄さんと目が合い、お兄さんは電話をしながらも笑顔で私にボールペンを持った右手を上げた。





私達は随分と仲良くなったもんだ。

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