第83話

「…ありがとうね」



シャツのボタンをゆっくり下から留め直していると、戸の向こうからお母さんの声が聞こえて私はボタンを留める手を止めてその声に耳をすませた。



「今度はお姉さんが相手してくださいよ。俺だって金ないんすから。無駄打ちに何万も払いたくないっすよ」



“無駄打ち”…


しっかりイッたくせに何が無駄打ちだよ…



「うん。今度は私としようね。また連絡してよ」



私はお母さんのその声に、静かにまたボタンを留める手を動かし始めた。



玄関の閉まる音がした後に隣の部屋の戸が閉まる音が聞こえて、私は枯れたスイセンをペットボトルごと持って部屋を出た。



お母さんの部屋の戸は予想通り閉まっていて、その部屋の前には私がさっき脱いだブレザーとリボンが落ちていた。


私は落ちていたブレザーを羽織ると、リボンも拾い上げてポケットに入れた。





これくらいどうってことはない。



別に初めてじゃないし。





私はそのまま家を出ると、アパートのゴミ捨て場にスイセンをペットボトルごと捨てた。

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