第66話

それから二時間くらいして、玄関の開く音が聞こえた。



私は自分の部屋の戸を閉めていたから、誰が来たのかは分からなかった。



足音からするとその人は間違いなく男で、その人はうちに上がるなりそのままお母さんの部屋に直行した。



それからすぐに、お母さんのいつもより激しい喘ぎ声が聞こえてきた。



お金も無しに誰かを呼ぶなんて、珍しい。



私が思っていた以上に、お母さんは学年主任に言われたことが効いたみたいだ。



隣の部屋から漏れてくるその喘ぎ声は、なんだか泣いているようにも聞こえた。



お母さんはものすごく寂しい人だ。



こんなにも男が出入りしていて、隣の部屋にはいつも私がいる。


でも、いつもお母さんは一人ぼっちだ。

きっとお父さんに捨てられたその日から。



きっと今でもお父さんが好きなんだ。


バカだねぇ、ほんと。



私はその日、お母さんの泣いているような喘ぎ声を黙ってじっと聞いていた。



私はいつから泣いていないんだろう。


最後に泣いたのはいつだっけ…


もう泣き方なんて覚えちゃいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る