第55話

「触らないの?」


ひたすら左手にあるスイセンを見つめる私に、お兄さんは不思議そうにそう聞いた。


「うん」


「まぁ触ればその分痛みは早くなるから、俺もおすすめはしない」


「じゃあ尚更ダメだね。ただでさえ私の手は汚いし」


「またそんなこと言って」



お兄さんはそう言うと、パッと私の空いていた右手を取った。



「———…っ!」



急に触られたことにビックリした私は、思わずスイセンからお兄さんの方へ顔を向けた。


でも、お兄さんは特に気にすることなく私の手を左手で持ったまま眺めていた。


「全然汚くないよ。綺麗な手してる」


「……」


私が何も言わずに黙ってお兄さんを見つめていると、お兄さんは私の手を取ったまま「ん?」と言って私の方を見た。



「…っ、あっ、ごめん!!!」



お兄さんは状況を理解したのか慌てたように私の手を離した。



「ううん、平気」


「女子高生の手を無断で触るとか、下手したら犯罪だね」



お兄さんは困ったように笑った。



手を握るだけで犯罪だなんて、私がそんなこと思うわけないじゃん。


それが本当にそうだとすれば、私の中に自分のブツをねじ込んで好き勝手に腰を振っていたあのクソ豚野郎はどうなるの。



…なんて、



その答えを聞く相手なんていない私は、慌てるお兄さんからまたすぐに左手のスイセンへ視線を移した。

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