第46話
私は花を買いに来たわけじゃない。
ただ、見て楽しむだけ。
ここに通い始めたのは数ヶ月前、夏と秋の間くらいの季節だった。
今でもはっきり覚えている。
あの日の前日、お母さんは私に一言「明日男来るから」と言った。
それ以上は何も言わなかったけれど、普段そんな報告をしないお母さんがそう言った理由はすぐに分かった。
お母さん、生理になったんだ。
秋の一歩手前であるその日の夕方は、涼しくて気持ちがいい風がほんのりと私の髪を揺らしていた。
家で私の体を待つ男の元へボーッと歩きながら帰っていた私は、路地裏の手前にあるこの花屋の店先に並んだ花になんとなく吸い寄せられて、気付けば花の前にしゃがみ込んでその花をじっと見つめていた。
それぞれの花びらの部分がセロファンで包まれていて、その中の花はどれも綺麗に咲いていた。
家からこんなに近い場所にあった花屋だけれど、それまで特に意識なんてしたことはなかった。
この花、可愛い…
思わずその花に手を伸ばして、花びらに指先が少し触れたその時だった。
「可愛いよね、ガーベラ」
その声に思わず手を引っ込めて顔を上げれば、店員と思われるエプロンをつけた若い男の人が立っていた。
花屋に男の店員…
「一本からでも買えるよ?」
その花屋のお兄さんはこちらに歩いてくると、私の隣に少し距離をとってしゃがんだ。
その瞬間、ふわっとまた優しい風が吹いてお兄さんからはものすごくいい匂いがした。
「いや、あの…すいませんっ…」
私が咄嗟に引っ込めた手をぐっと握ってすぐに立ち上がると、
「うん?」
お兄さんはそこにしゃがんだまま、立ち上がった私を見上げた。
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