第97話
そこからバイト先に向かう私の足取りは軽かった。
寝るとか食べるとか体の汚れを洗い流すだとか、今まで当たり前にやってきたそれがここまで人間にとって大事なことだとは思わなかった。
バイト先に到着すると、事務所には店長がいた。
店長とは昨日ぶりに顔を合わせるわけだけれど、店長は私の顔を見た瞬間待ってたと言わんばかりに「カヤちゃん…!!」と私の名前を呼んだ。
「え?どうかしました?」
「どうかしたじゃないよ…!昨日連絡来るかなって思ってたけど何もなかったからさ、私あれから結構心配してたんだよ?」
「あー…そっか…そりゃそうですよね…」
あんな格好で…ってのはまぁ今も同じだからなんとも言えない感じではあるけれど、それで家とお金がないなんて言えば誰でも心配になるよな…
「今日来なかったらどうしようかと思ったよ!!」
「あははっ、出勤しろって言ったのは店長じゃないですか」
「いやそうなんだけど…どっかで野垂れ死んでたらとか変な人に誘拐されてたら、とか…いやでもカヤちゃんに限ってそれはないかとも思ったりしたんだけどさ、」
「それどういう意味ですか」
「まぁとりあえず私は内心気が気じゃなかったわけよ!!」
なんかちょっと遠回しに失礼なことを言われた気もしたけれど、まぁ結局のところこんな私のことを気にしてくれている人がいるのは純粋に嬉しいしなんだかんだありがたかった。
「なんか心配かけちゃったみたいで…すいませんでした」
「昨日あれからどうしたの?」
「偶然会えた知り合いの家にしばらく置いてもらえることになりました」
“知り合い”という言葉には不思議な力でもあるのだろうか。
私のその言葉に、店長は大きく息を吐き出しながら「良かった…」と言葉を漏らした。
制服と靴は貸してもらえて、仕事には何の問題もなかった。
それからメイク道具も。
ここ数日繁華街をすっぴんでウロウロしていた私からすれば何も気にはならなかったけれど、店長は「さすがにすっぴんはあれでしょ」と言って私に自身のメイク道具も貸してくれた。
メイク道具も買わなきゃダメか…
下着に服に、靴とか…今あるお金もすぐなくなりそうだな…
欲を言えばシャンプーやリンスも自分用に買いたいと思っていたけれど、とりあえずそれは後回しの方がいいかもしれないな。
マコちゃんの家を出てすぐの時は先のことが全く想像できなくてとても怖かったけれど、月曜になってこれだけ普通に働けているなら何の問題もない。
案外なんとかなるもんだな…
まぁそれもこれも、ナツメに会えたことこそがかなり運が良かったようにも思うけれど。
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