第98話
夕方、その日のバイトを終えた私は帰りに安い服と下着と、スニーカーを一足買ってナツメの店に帰った。
ナツメは店にはいなかった。
でもやっぱり入り口には鍵なんてかけられていなかった。
取られて困るものなんてないとナツメは言っていたけれど、ここがナツメの店兼家であるならそんなことはないと思う。
仕事で使うようなものだとかお金に変わるような私物だとか…
…ってまぁ知り合って二日で居候となった私がその心配をするのもよく分かんないけど。
だって何かなくなって真っ先に疑われるのってこの私じゃん?
私がここに出入りすること自体がもうナツメにとって危ないことじゃん?
まぁ本人にその危機感はないんだろうけれど。
「お腹空いたな…」
一人でいても暇な私は、暗くなる前に繁華街へ行って化粧品を買うついでにコンビニで夜ご飯を買って帰った。
それでもまだナツメは帰ってきてはいなかった。
何となく寝る時以外に奥の部屋に入るのは良くない気がした私は、カウンターに座ってご飯を食べた。
その時の電気も、何となくフロアのは消したままでカウンター上の頼りないものだけで我慢した。
ナツメがいる時は何も感じなかったけれど、音がなく薄暗いこの空間はやけに広く感じてその中にいる自分はとてもちっぽけなものに思えた。
こんなところに一人でいるから、ナツメからはあんなにも寂しさが滲み出てしまったんじゃないかな。
…なんて、まぁこんなことを思うことすらもきっとナツメに言わせてみれば“余計なこと”になってしまうんだろうけれど。
それからシャワーを浴びて歯を磨いた私は、奥の部屋にいまだに放置されていたカレーのフライパンだけ洗ってソファーに横になった。
———…その夜中、
私はなぜかふと目を覚ました。
実際それが本当に夜中だったのかは分からない。
それなのに私がそうだと判断したのは、月明かりが差し込むとはいえそれでも夜の深さはすりガラスを見なくてもしっかりと分かったし、
何より、ソファーに横になったまま薄目を開けた私の視線の先にはナツメがベッドに腰掛けていたからだ。
これにも根拠なんてまるでないけれど、ナツメは夜中に帰って来るんだろうという私はよく分からない予想をしていたからだ。
だから私はついつい、
「…遅かったね」
そんな言葉をかけてしまった。
どこか“待っていた”と思わせるようなニュアンスを含んだ言い方になってしまったのは、奥にあるこの部屋はそこまで広くはないとはいえやっぱりこの場所で一人でいるのは少し心細かったからだろう。
鍵をかけていないからじゃない。
ここは広すぎるんだと思う。
実際のところ、この店はフロアだってバカみたいに広いということはない。
でもとにかく、“広い”。
ナツメは私の言葉に「あぁ」と言ったから、今が夜中であるという私の予想はたぶん当たっていた。
思わず“どこに行ってたの”と聞きそうになったけれど、これは間違いなく干渉になるだろうから口にはしなかった。
ナツメは月明かりの中で煙草を吸っていた。
「起こしたか」
「ううん。…てかエアコンの設定温度さ、二十三度はバカでしょ」
「ん?」
「二十七度まで上げたよ?」
今朝のやりとりを思い出せばまた自分の立場を分かっているのかと怒られるかとも思ったけれど、ナツメは案外落ち着いた声で「そうか」と言うだけだった。
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