第95話

「…ごめんなさい」


「……」


「今日のナツメはあんまり優しくないけど昨日とかすごく優しかったから、」


「余計なことまで言わんでいい」


「だから調子乗った。おにぎりもごめんね、三つも買うくらい梅干しおにぎりが好きなのに私遠慮なく二個も食べちゃったし」


「……」



口に出してみれば私ってかなり図々しいな…



「…新しいおにぎり買ってこようか?」


「いらねぇよ」


「じゃあ何か欲しいものある?」


「別に何も」


なけなしのお金で許しを乞う私には、それすらも必要とされなかったようだ。



「でも仲直りしたい…」


「仲直り?」


「喧嘩したままは嫌だ」


「喧嘩した覚えはない」


「えっ?」


ナツメは私の驚く声を気にせず座ったまま足元にしゃがみ込むと、カウンター下の冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出した。



「まぁ飲めや」



ナツメはそう言って立ち上がると、自分の飲んでいたグラスにアイスコーヒーを注ぎ足して私にそれを差し出した。



これは仲直りということだろうか。





「…あぁ、あったわ」


ナツメが残りわずかだったペットボトルのアイスコーヒーをグラスに全て注ぎきると同時にボソリとそう呟いたから、グラスを見つめていた私は「え?」と言いながらナツメの方へ視線を上げた。



「欲しいもの」


「えっ、何!?」


「グラス。これしかないからお前自分のやつ帰りに買ってこい」



それはどちらかというと私にとって欲しいものなんじゃないだろうか。



あー…なんか勘違いしてたかもな。


この人は朝になると優しくなくなるわけじゃない。



たぶんいつでも根は優しい。



私はたった二日でこの人の何が分かったというのだろう。


根拠なんてまるでないのに、私はなぜかそうだと確信していた。



「うんっ!!わかった!!」


私が笑顔でそう返事をすると、ナツメは少し笑ってまたそこに腰掛けた。


「飲んでいい!?」


「おう」



不穏な空気は一瞬でどこかに行った。



「ナツメの今日の予定って何なの?」


「干渉すんな」


「言えない予定か…何だろう」


「……」


「薬物の密売、強盗恐喝、あとは詐欺とか…その辺のことならなんでもありえそっ———…」


私がまた調子に乗って好き勝手言いながら持っていたグラスのアイスコーヒーを口に運ぼうとしていると、その言葉を遮るようにナツメは私の手からグラスを取り上げた。



「ちょっ、」


「お前さっきの反省は嘘か」


「冗談じゃん!」


私はそう言いながらそのグラスに手を伸ばしたけれど、ナツメはそれをかわすようにその手を高く上げた。


「なら俺はこれから毎日お前のそのくそつまんねぇ冗談を聞かなきゃなんねぇのか?」


「つまんなくても楽しいのは楽しいでしょ?」


「……」



ナツメは何も言わなかったけれど、私を見るその目はしっかりと私の言葉を否定していた。




「……ごめんなさい」



やっぱり私達には、そこまで縛りはキツくないもののしっかりとした服従関係ができてしまったようだ。



———…でも、



私が素直に謝って目線を落とせばナツメはもう一度私の前にアイスコーヒーを置いてくれたから、なんだかんだその服従関係はあってないようなものにも思えた。

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