第94話
「あぁ、うん、そう!シャワーの音が聞こえたから見られるチャンスだって思った!」
「誰がお前なんかに見せるかよ」
「そんなもったいぶる必要ってあるのかな」
私はそう言って、やっと歯磨きをしていた口を濯いだ。
「…人のは見た上に触ったくせに、よくそんなことが言えるよね」
「お前は自分の立場棚に上げてよくそんな生意気な口がきけるよな。お前分かってんのか?俺はここに置いてやってんだぞ?俺の気分一つでお前はまた路頭に迷うかもしれないんだからな?」
「…ずる」
「なんもずるくねぇわ。言ったろ、俺はお前をいつでも追い出すぞって」
「……」
この人が優しいのは夜だけなんだろうか。
寝たらリセットされちゃう特殊な人?
私はもうとっくに何も言わなくなったのに、そんな私にナツメはトドメを刺すかのように「圧倒的に弱い立場のお前がなに偉そうなこと抜かしてんだよ」と言った。
不穏な空気が一気に漂い、私はいてもたってもいられなくなってナツメの後ろを通ってカウンターを出ると私の定位置になりつつあるカウンターの席にまた座った。
目の前に来た私にナツメは特に驚きもせず、なんだよと言わんばかりの目で私を見つめていた。
「ごめんね」
「は?」
「ごめん、ごめん!」
「何がだよ、気持ち悪りぃな」
「ナツメとこんな雰囲気になるの嫌だもん。だから仲直りしようって言ってるんだよ、私」
そう言って右手を差し出した私に、ナツメは「あほか」と言って目を逸らした。
とりあえず握手かなと思って手を差し出してみたけれど、まさかそれを拒否されるとはな…
一瞬で目的を失ったその右手を、私はゆっくりと自分の方に引き戻した。
全てを拒否されたみたいで少しショックだったけれど、ナツメに言われたことを思えばそれも当たり前な気がした。
確かに私は少し生意気だったかもしれない。
突然ここに置いてくれなんて頼んだ上にシャワーだってソファーだって借りて携帯も充電させてもらえて、その上ナツメが買ってきたおにぎりの大半を遠慮なく食べちゃったし。
それでもその生意気さを“少し”と考えているあたりを思えば、私って本当に根っからの棚上げ女なんだろうな。
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