第93話

「お前は本当によく食うな」


「え?」


気付けば二つ目のおにぎりに差し掛かっていた私に、ナツメは少し驚いたようにそう言った。


「そうかな?でもその分動くから私学生の時から体重変わってないんだよ」


「それはお前が動いてるからじゃなくて起きてる間延々喋り倒してるからだろ」


「あー…確かに昔からよく似たようなことは言われてたかも。学生の時もさ、修学旅行で全然知らない他校の先生に“静かにしなさい”ってガチめに怒られたことあって、その時はさすがの私もちょっとは反省したよね」


私のしょうもない話に、ナツメは意外にもフッと小さく笑った。


「ちょっとかよ」


「うん、ちょっと。まず“あんた誰?”って感じだったし。ちょっと反省したあとに“ん?待てよ?この人に怒られるのはよく分かんないわ”ってなった」


「めんどくせぇガキ」


ナツメはそう言いながらやっぱり笑っていた。



「やっぱり笑うとちょっと可愛い…」


「まぁお前よりは可愛いだろうな」


「あははっ、それ割と否定できないかも!」



それからすぐに煙草を消して立ち上がったナツメは、シャワーやトイレのある扉に入って行った。


ちょうど今楽しく話してたところなのに…マイペースだなぁ。



それから間もなく聞こえてきた水の音に、ナツメがシャワーを浴びているのが分かった。



おにぎりを二つ食べ終えた私は、カウンターの中に戻って昨日買ってきておいた歯ブラシで歯磨きをしていた。



———…ガチャッ



それはナツメがその扉に入ってからまだ五分も経っていない頃だった。


その音に歯磨きをしながら振り返れば、ナツメはいつものように肩にタオルをかけてその扉から出てきていた。



「くそっ」


思わずそう言った私に、ナツメは「ん?」と言いながら私の後ろを通って定位置の椅子に向かった。


「服着ずに出てくると思ったのに」


「変態」


「違うよ、背中!」


「あぁ、見たかったか?」


そう言いながらまた煙草を咥えて火をつけたナツメは、髪が濡れているからか本当にその姿は絵になっていた。



綺麗だな、と思った。



煙草なんか臭くて体に悪いから私は百害あって一利なしだと本気で思っているけれど、ナツメのそれに不快感は抱かなかった。



そしてそれはあのナツメが彫った写真の中の絵を自然と連想させた。


刺青なんて反社的なイメージがあるし私は絶対に入れたりなんてしないけれど、それでもあの絵はやっぱり綺麗だ。




この人は本当に面白いな。




「聞いてんのか?」


「え?」


「だから背中だよ。見たかったのかって」


自分は遠慮なく無視するくせに私のそれは許せないのか、ナツメの姿に思わず見惚れて言葉を返すのを忘れていた私にナツメは注意するような口調で私を話に戻させた。

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