第88話
その部屋は六畳ほどのそこまで広くはない部屋で、入ってすぐ右側には小さなシンクと一口コンロがあった。
昨日カレーを作っていたのはここだろう。
小さなシンクの中にはカレーが入っていたと思われる少し深めのフライパンが雑に放り込まれていた。
「水くらい張らないと洗う時大変だよ?」
先に部屋に入ったナツメはベッドに腰掛けていて、目の前のローテーブルにある煙草に手を伸ばそうとしていた。
「……」
「……」
私は今、無視をされたらしい。
「私洗おうか?」
「余計なことはすんなって言ったろ」
「じゃあ自分で洗うの?」
フライパンを洗うこの人を想像できない…
「いや、捨てる」
「…え!?フライパン使い捨て!?」
「洗うとかだるいわ」
「いや、もったいないよ!それなら私が洗」
「だから余計なことはすんなって!!」
突然大きな声を出されて、私は思わずビクッと震えた。
「そんな怒んないでよ…」
「はぁ…もう寝るぞ」
ナツメはそう言って、まだ火をつけたばかりの煙草の先端を目の前の灰皿にグリグリと押し付けその火を消した。
「うん…あっ、私はこっちで寝るね!」
私はナツメの腰掛けるベッドの真横にあるローテーブルを挟むようにして置かれている少し大きめのソファーを指差した。
同じベッドで寝るのはあれだし、女だからって私がベッドを占領するのはさすがに———…
「いや、当たり前だろ。お前マジでバカか」
「なっ…!!」
ナツメのその言葉にカチンときた私はすぐに何か言い返そうとしたけれど、具体的な言葉が出る直前で「電気消すぞ」と言われて私は渋々そのソファーのところに行った。
横になるまで待ってて欲しいところではあったけれど、電気は私がソファーに腰掛けると同時に消されてしまった。
せっかちめ…
フロアの方からの流れでここまでサンダルを履いてきたけれど、それで良かったのかな…
この部屋の奥には小さな窓があって、すりガラスだからなのかカーテンはされていなかった。
その乳白色のガラスを通って部屋に差し込む月明かりは結構明るくて、ベッドに横になったナツメがこちらに背を向けるように寝ているのもしっかり目で確認できるほどだった。
ナツメはどこで靴を脱いだのかと床を見てみれば、ベッドのそばで雑に脱ぎ散らかされていた。
ここも土足で良さそうだな…
私はすぐに横にはならず、この部屋を見渡した。
今ナツメが寝ているベッドとローテーブルと、ベッドに向かい合うように置かれたこの部屋の広さに対しては不釣り合いな少し大きめのソファー。
この部屋にあるものはたったそれだけだった。
それでもエアコンがあるから、真夏の今でも外よりは断然快適に過ごせそうだ。
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