第85話

「なんとなく」


「なんとなく…」


「あぁ。急に悪かったな」


そう素直に謝られると文句は言えなくなるんだけどさ…


「うん、まぁ大丈夫だけど……あっ、ねぇ!」


私がまた少し前のめりになると、ナツメは「ん?」と言いながら私の手からグラスを取り上げてまた私のアイスコーヒーを一口飲んだ。


もう私はそれには何も言わなかった。



「ナツメの背中には何が入ってるの?」


「さぁな」


「見せて!」


「嫌だ」


「えー!お願い!それでおあいこじゃん!」


ナツメは私の言葉を無視してまた私の許可なくアイスコーヒーを飲み干すと、そばにあったシンクにそのグラスを置いた。



「もう俺は寝るぞ」


「えっ、あ、うんっ!おやすみ!」


すでに立ち上がり奥のドアを開けていたナツメは、そのままの状態ですぐにこちらを振り返った。



「…お前は?」


「シャワーだけ浴びたい」


「…あっそ」


自分で聞いておいてなんだその反応は、と思いつつも借りる側である私が強く出ることもできず、私はそのまま奥の部屋へ入っていくナツメの背中を見送った。




———…ガチャン…



「……」



行っちゃった…





私はそれからすぐに店を出てコンビニに向かった。


私の目当ては下着とタオルと歯ブラシと携帯の充電器だった。



下着はとりあえず今日履くものがあればそれで良いとして、充電器もコンビニで買うのは割高だったけれどもう私はそれを購入した。


とりあえず住む場所は確保できたわけだし、今手元にあるお金は最低限のものを買い足すのに使っても大丈夫だろう。




コンビニの袋を片手に店に戻ると、そこは私がさっきまでいた時と何も変わりはなかった。


ナツメが入って行った部屋の電気は消えていた。


さすがに今日はもう寝たかな…



私は帰ってきたその足でカウンター内に入ると、さっき言われたシャワーのある扉の方へ向かった。


そのドアを開けるとまた左右にドアがあって、右がシャワーで左がトイレだった。


どちらも人一人が入るほどのスペースしかなくて、シャワーはあとからつけられたみたいに簡易的なものだった。



脱衣所がないとなれば中で脱ぐしかないか…


それでも別に問題はないのだけれど、そのスペースには脱いだものを置く場所すらなかった。


ドアの前に置いておこうかとも思ったけれど、ナツメがトイレにでも起きてきたら困ると思った私はコンビニ袋に脱いだ服と下着を入れて、なんとか濡れないように気をつけながらシャワーを浴びた。




でもこれがなかなか大変だった。


袋を持つ左手をピンと横に伸ばしながら右手で頭を洗ったり体を洗ったりするのは至難の技で、充分気をつけていたつもりではあったけれどそれでもやっぱり中身は少し濡れていた。




まぁ今は贅沢も言ってられないか…


今が夏で良かった。

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