第84話
少し俯いて一度深呼吸をすると、覚悟が決まったのか私は自分のTシャツの裾を掴んで一気に自分の体から引き剥がした。
こういうのはもうさっさと済ませた方が楽だわ…!
別にナツメは私の背中に期待とかはしないと思うけど、引っ張れば引っ張るほどにハードルが上がる気がするし。
脱いだTシャツで念のために正面を隠している私に、カウンターを挟んだ後ろにいるはずのナツメはずっと黙ったままだった。
「……」
「……」
自分から“見たい”とか言っておいて沈黙って…!!
「っ、脱いだよ!?」
「…あぁ、見ればわかる」
「っ、もうい」
「お前もうちょいこっち来い。そこじゃあ暗くてよく見えねぇよ」
何もない私の背中の一体何をよく見たいというのだろう。
胸に当てたTシャツを押さえる両手にぐっと力を入れると、私はそちらに背を向けたままカウンターのテーブルにぶつかるまで後ろに下がった。
「さっ、触ったら殺すよ!?」
「……」
それからしばらくしてコツッとナツメのものと思われる足音が聞こえて、私は思わず小さく肩が震えた。
「ちょっ、今の聞いてた!?触ったら絶っ———…!!」
私の言葉を完全に無視して、ナツメの手が私の背中の真ん中辺りに触れた。
感触的にたぶんそれは指先で、その触れ方はもちろん痛くなんてないけれど“そっと”というほど優しくもなかった。
ぐっと、しっかりと私の皮膚に指先を押し当てるような感じで…
ナツメ、確実に触れようとして触れてる———…
触れられている部分に意識を向けて見れば、そこには少しだけじんわりと熱い空気を感じた。
「煙草、熱い…」
私が思わずそう呟くと、ナツメは「あぁ、悪い」と言ってすぐに私の背中からその指先を離した。
どうやらナツメはさっき向こうの写真を触っていた時と同じように煙草を指先で挟んだその手で私の背中に触れていたらしい。
それ以降その指先が私の背中に戻ってくることはなかったから、私は「もういい?」と聞いた。
「あぁ…もういい」
ナツメのその言葉に私はまた数歩前へ踏み出してカウンターから距離を取ると、持っていたTシャツにまた袖を通した。
振り返るとナツメは変わらず私をまっすぐに見つめていて、私は思わず目を逸らした。
なんか妙に恥ずかしい…
触るなと言ったのに触られたことに怒りたい気持ちも多少はあったけれど、それが簡単にどうでもよくなるくらいに今の私はなぜか恥ずかしかった。
「っ、何で背中なんか見たかったのっ?」
その恥ずかしさを誤魔化すようにそう聞きながらまた椅子に座れば、立ち上がっていたナツメもすぐにまたそこの椅子に腰を下ろした。
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