第83話
「うん?何?」
私がそう言いながら持っていたアイスコーヒーのグラスを置くと、ナツメは右手に持っていた煙草を口に咥えてその空いた右手をそのまま私の方へと伸ばした。
その手を目で追うように見つめていると、それはそのまま私の着ていたTシャツの首元を摘んだ。
「これ脱げ」
ナツメが私の目を真っ直ぐに見つめてそう言ったその瞬間、私が両手を添えていたグラスの中の氷が少し溶けてカランと小さく音を立てた。
「……からかってる?」
「今の俺がからかってるように見えるか」
そう言って私の首元から右手を引いたナツメは、真面目な顔で咥えていた煙草をまた右手で挟んで口から離した。
「……」
「……」
ここに置いてもらうことになった今、私達の間には揺るぎない服従関係が生まれてしまったんじゃないかとか、あの牛丼屋の前で言われた条件には実はあわよくば的な思いがあってそれが今再燃したのかとか、一瞬で私はいろんなことを考えたけれどそれはどれも見当違いだったようだ。
「背中が見たい」
依然私を見つめたまま真面目な顔でそう言ったナツメに、私はなんだか少し拍子抜けだった。
「えっ、背中!?」
「そうだって」
「見るだけ?」
「あぁ」
なんだ、びっくりした…
紛らわしい言い方するなよ…
それならそうと初めから“背中を見せて”と言えばいいものを。
「早く脱げよ」
やっぱりその言い方は変わらないんだ…
「いいけど…でも本当に私は何も入ってないよ?」
「わかってる」
そんな迷いなく言われてもなぁ…
大した体ではないけれど私だって一応女だし、このTシャツの下は普通にもう下着だ。
「しっ、下着は、」
「そのままでいい」
ナツメの変わらない態度に引く気がないのだと悟った私は、もう何も言わずに椅子から立ち上がってこちらを見つめるナツメに背中を向けるように反転した。
「…いっ、言っとくけど私、今朝漫喫でシャワーは浴びたけど下着は洗濯できなかったから!!」
「は?」
「だから、真夏なのに昨日からずっと同じ下着つけてるけどそれはもう仕方ないことなんだからねってこと!!」
「……」
「っ、だからっ、」
「俺はお前の下着が見たいんじゃねぇって」
背後から少し呆れたような声が聞こえたかと思うと、ナツメは遠慮なく「早くしろ」とTシャツを脱ぐのを急かしてきた。
ここは薄暗いし何か特別なことをするわけでもなく背中を見せるだけなのだとしても、私は少しだけ緊張した。
でももう後ろなんか見なくてもナツメが待っているのがひしひしと伝わってくるから、私はもう肩にかけていたショルダーバッグの紐から頭を抜いてさっき座っていた椅子にそれを置いた。
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