第80話

どうやらひとまずは口を挟むことなく私の言いたいことを最後まで聞いてくれるらしい。


それが何となく見て取れた私は一度大きく息を吸ってゆっくりと吐き出し、しっかり自分を落ち着かせてからまた口を開いた。





「……お金が貯まったらすぐに出て行く。それもできるだけ早く出て行けるようにするから。お兄さんの仕事とか生活の邪魔だけは絶対にしない」


「……」


「まぁ欲を言えばお風呂くらいは貸して欲しいなとか思うけど…あっ、でもそれも無理にとは言わない!」


「……」


「…あと雑用とかもなんでもする。何か買いに行けって言われたら全然行くし、掃除とかもやれって言うなら全然する」


「……」



あとはー…



「…あ、私バイト先もここから割と近いから歩いて通えるし、それにまたあの写真の絵も見たいから」


最後に絞り出したそれは、完全に私の勝手な自己都合でしかないようなものだった。


最後に付け足すには印象が悪かったかな。




「………だから、お願いします」




もう言うことがなくなった私は、改めてそう言うともう一度深く頭を下げた。













「———…わかった」



私の話の全てを聞き終えたその人は、一言そう言うだけだった。



「っ、いいの!?」


私がバッと下げていた頭を上げるとその人は私がさっき飲み残したアイスコーヒーのグラスに手を伸ばし、「あぁ」と言いながらそのアイスコーヒーを飲んだ。


そんなあっさりと承諾してもらえるなんて思ってもいなかった私は、驚きと拍子抜けで「あっ、えっ、」と一人で訳の分からない言葉を発していた。



「あのっ、…あり」


「その代わり条件がある」


その人はそう言うと、アイスコーヒーを一気に口に流し込んでガンッと目の前の台にそのグラスを置いた。


その拍子に、グラスの中の氷がカランッと音を立てた。



「…また条件?」


あの絵を見せてと言った時といい今回といい、この人は条件をつけるのが好きらしい。



「あぁ…なんだよ、別に俺は無理にとは言わねぇぞ?気に入らないなら今すぐ出」


「いやっ、とりあえず聞く!」


私が慌ててその人の言葉を遮ると、その人は俯いて小さく「はぁ、」と息を吐くとまたこちらを真っ直ぐに見つめた。




「ここに来た人間とは誰とも口をきくな」




それは真面目な顔で改まったように口にするには大したことがなさそうな内容の条件だった。


私はてっきり掃除や洗濯どうこうとかの雑用を命じられるのだとばかり思っていたから。



「…それってここのお客さんってこと?」


「客もそれ以外も。とにかく俺以外の人間全員と」



全員って…


お客さん以外に誰がここに来ることがあるんだろう。


…友達とか?

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