第78話

でも一度はしっかりと知り合っただけに、はい、さようならと簡単に終わらせるのも何だか寂しいじゃんね?


こういう時は何と言えばいいんだろう。





元気でね、もなんだかありきたりで、


またね、は絶対に違うし、


お幸せに…は、よく分かんないか。














「———…じゃあな」



何かこの場に相応しい言葉を…と考えていた私に、その人の落ち着いた声が聞こえた。



…あ、そうか。


私達には相応しい言葉なんてそもそも必要ないんだ。




「うん、じゃあ」


私はそう言って右手を上げたけれど、その人は私を見つめるだけで手を上げ返してはくれなかった。



それにはもう何も言わずに、私はその人に背を向けて細く短い通路に入り出入り口を目指した。




このお店は変な作りだ。


短いとはいえ、入り口を入ってすぐにこんな圧迫感のある通路があるなんて。




「———…」



気付けば私の足は、ドアから数歩手前で無意識に止まっていた。






出て行きたくないとか、いつの間にか知り合いになったらしいあの人との全てがなかったことになることを嫌だなんて思ったりはしないけれど、



でも、この時の私は確実に頭のどこかで探していた。


二日前に戻ろうとしている私達を阻止できるような理由を。




そしてそれは案外すぐに見つかった。


それからの私は考える暇もないくらいにすぐに行動に移されて、急ぐように反転して私はフロアの方へ戻った。














———…今思えばこの時の私は、


その人にさっき感じた寂しさのせいでこの人をこんな薄暗い場所に一人にして行くのが心配だったのかもしれない。



勝手ではあるけれど同情したのかと聞かれればそれもあると思うし、


さっき助けてもらった恩があるからかと聞かれればそれも十分にあったと思う。



なんにせよ、とにかくなぜか私はこのまま他人に戻るわけにはいかないと思った。














「———…っ、ねぇっ、!!」



すぐに戻ってきた私に、依然カウンターの中に座っていたその人はパッとこちらに顔を向けたけれどその顔に驚いた様子は特になかった。



「あ、あのっ、私いいこと思いついたんだけどっ、」


「……」


「知っての通り私今お金もないし、かっ、帰る家もないしっ、」


「……」




いきなり戻ったかと思えば私は改まって何を言っているんだろう。


その人はじっと黙って私を見つめていた。



驚いてもいない。


怒ってもいない。


笑ってもいない。



ただひたすら、その人は私の言おうとしていることが何なのかを聞こうとしている感じだった。

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