第77話

「…でもなんで処女がいいの?」


「この歳になればある程度のことは経験すんだろ。シたことないって言われたら興奮する」


「あくまでも興奮材料か」


「それ以外に何があるんだよ」


「“この子の初めては俺がいい”とか」


自分で言っておいてこの人にその感情はないだろうなと思った。


案の定、その人は私の言葉にフンと鼻で笑って「なんだそれ」と言った。



それを私はやっぱり寂しいと思った。



「……」


「……」


「…あの、結局のところ私は今晩あなたに抱かれるんでしょうか」



もうほぼその可能性はないだろうと分かった今、これを聞くことを怖いとは思わなかった。


ないと分かった上でわざわざそれを聞いたのは、特にもう話すこともなくなった今、自分がここにいる理由が分からなくなったからだ。



「マジだと思ったのか?」


「ううん。でも一応確認。絵も見せてもらったし」


“そんなわけない”とか“お前みたいな奴なんて”みたいな失礼な冗談が返ってくるかと思ったけれど、



「…何もしねぇよ」



その人は少し間をあけてから小さくそう呟いた。



「そっか…じゃあ私もう行くね」


アイスコーヒーはまだ少し残っていたけれど、私はそれを気にせず椅子から立ち上がった。



「お前もうこの辺来るなよ」


「なんかデジャヴだなー。今朝も似たようなこと言ったよね」


「もう次はない」



それは次何かあっても運良く助かったりはしないという意味なのか、


…それとも俺はもう助けてやらないという意味なのか。



まぁこの人に私を助ける義理なんてないんだけどさ。




「じゃあ最後に一ついい?」


「やっぱりお前の一個は信用ならねぇな」


「違うよ、これはお願いじゃなくて質問!何で私の名前知ってるの?」



ごく自然に下の名前で呼ばれたことに、私とこの人にはこれまでになかった何かが生まれた気がした。


…いや、もしかするとこの人からすればもうそれはとっくに生まれていたのかもしれない。



だから私を“俺の知り合いだ”と言ったのかな…?




「お前昨日寝る前に自分で言ってたろ。牛丼屋でも前の男の話してる時に言ってたし」


「あー…って起きてたんだ!反応してくれても良かったのに!」


「もういいからさっさと行けよ」


「あ、うん。そうだね」



たしかに、その話を広げる必要はどこにもない。


一度知り合った私達は、これからまた知り合う前に戻る。



現状としてはたった二日戻るだけだし、お互いの今にきっとお互いは必要ない。

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