第76話
「やっぱりお兄さんは笑った方がいいよ」
「余計なことは言わなくていい」
「可愛いのに」
「うるせぇって」
言葉は乱暴なのにやっぱりもうその口調のどこにもトゲのようなものは感じられなかった。
「……」
「……」
グラスを少し揺さぶればグラスの中の氷がカラカラと音を立てて、私達の間にその音がやけに目立って聞こえた気がした。
「…携帯触るの楽しい?」
「楽しくはない」
「彼女?」
「違う」
「ふぅん」
そりゃそうか。
冗談とはいえ、彼女がいるならあの“ヤらせろ”発言はちょっとありえないし。
でもこの人にその一般常識が備わっているとも思えない。
「浮気とかどう思う?」
「別に何も」
「え、いいと思うの!?」
「…前の男を貶してほしいのか?」
「ううん、違う…でも浮気は否定してほしい」
その辺はもちろん人それぞれ考え方というものがあるとは思うのだけれど、それでも“浮気は悪いことだ”という考えは多数派であってほしい。
じゃなきゃ本当に今の私って報われない。
「残念だけど俺はお前の前の男がしたことをそこまで悪いとは思ってねぇよ」
「えー!なんで!?」
「性欲なんか人間の本能だろ。セックスに特別価値があるとは思わねぇ」
「それは相手によるでしょ」
「いや、俺は誰が相手でも何も思わねぇよ」
いつのまにかその人は携帯を目の前の台に置いていた。
「好きな人なら他の人に触られたくないなってならない?」
「ならない」
「誰にも取られたくないなって」
「ない」
それをそこまではっきりと言い切れるのはどうしてなんだろうと思ったけれど、その答えなんて簡単だ。
この人はきっとそこまで本当の意味で誰かを好きになったことなんてないからだろう。
「…寂しいね」
思わず呟くようにそう言った私に、その人はまた何も言わなかった。
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