第74話
「見せたくないならどうして貼ってるのかっていう疑問が湧いてくるんだけどね?」
「だから別にって言ってんだろ」
依然こちらを見ずにそう言ったその人の声はとても冷たかった。
…え?
なんで怒ってんの?
さっきまでちょっと笑ってたのに。
煙草の煙を吐き出すその動作にすらもイラつきが見て取れた。
「……怒ってる?」
「……」
私何かしたっけ…
ていうか、目的を果たせた私はもう帰った方がいいのかな?
それとも牛丼屋の前で提示されたこの写真を見る条件はやっぱり健在なんだろうか。
そこが早く知りたいと思わなくはないけれど、私はなぜかもう少し後でいいやと思った。
…まだもう少し話したい。
「聞いてもいい?」
「……」
「何でこの仕事をしようと思ったの?」
「…深い理由なんかねぇよ」
こちらを見ずにそう答えたその人の声はやっぱりどこか冷たさがあったけれど、ついさっき感じた怒っているような雰囲気はもうなかった。
「別に深い理由なんか求めてないよ」
私が少し笑ってそう言うと、その人はやっとこちらに顔を向けた。
「私はただ理由が知りたいなって思っただけ」
「……」
しばらく黙ったまま私を見つめたその人は、またすぐに私から目を逸らした。
「…単純に、」
ゆっくりと口を開いたその人に、私はそれに合わせるように「うん、」とゆっくり小さく相槌を打った。
「自分の書いたもんが人の体に一生残るってのがなんかすげぇなって思っただけ」
「そっか…一度彫ったら消せないもんね」
「厳密に言えば消せはする。でも入れるときに消すときのとこ考えて入れる奴はいねぇから」
「あぁ、なるほど…」
刺青なんて正直威嚇みたいなものだとか半グレみたいなイメージが勝手にあったけれど、ここで見るそれは全く別物だった。
電気が消されたからもうほとんど見えはしないのに、私はまた写真の方へ向き直った。
さっき寂しいと感じた天使の刺青を彫った女性のその写真に触れると、その写真の奥の壁のひんやりとした温度が指先に伝わってきてそれが今感じている寂しさをより強く引き立てた。
この女性は今、幸せなんだろうか。
「———…カヤ、」
突然名前を呼ばれてすぐにまた振り返れば、その人はカウンター内で立ち上がってこちらを見ていた。
何で名前———…
「こっち来てこれ飲め」
そう言ってその人が指を差した目の前のカウンターには、何やら飲み物が入ったグラスが置かれていた。
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