第73話

「興味?」


「刺青に」


「うーん…興味はどうだろう。ただ未知の世界で感動はしてる。あとやっぱり綺麗だなって」


私のその言葉に、真後ろからまたさっきのように私の右隣に移動したその人はもう煙草を持ってはいなかった。



「俺が彫ってやろうか」


「え?」


私が写真からそちらに顔を向けると、その人はこちらを見て口元を緩ませていた。


「お前何も入ってないんだろ」


「うん」


「だから俺がそのまだ何もない体に入れてやろうかって」


「あははっ、死んでもヤダ」



その人は私が断ることを分かっていたのだろう。


だから口元は笑っていたんだろうし、私の拒否にその顔色が変わることはなかった。



「俺上手いぞ」


「だろうね。これ見てたら分かるよ」


むしろ下手な彫師なんているのだろうか。


そんな人に当たった人は散々だな。



「でもお兄さんに頼んだら勝手に変なもの彫られそうだから嫌」


「変なもの?」


「うん。うんちマークとか」


「ははっ、それいいな」


「いや全然よくないでしょ」


私が真面目にツッコむと、その人は少し体を揺らして笑っていた。



「どでかいの背中に入れてやるよ。そうなればお前もう一生人前で服脱げねぇな」


「最低…ってのはまぁ冗談で、何を入れるかとか上手い下手とかそういう問題じゃないから」


「ん?」


「そんなことしたら親が泣いちゃう」


「…泣くのか?」


すごく不思議そうにそう言ったその人は、いつのまにかこちらに体ごと向いていた。



「そりゃそうだよ。私女だし、大事な体傷つけて!って泣いて怒ると思う」


「………へぇ」



その変に間のある素っ気ない相槌を、私は特に気にはしなかった。



それよりも刺青を入れた私が実家に帰るところを想像すると簡単にお母さんの怒った顔が目に浮かんできて、刺青なんて入れる気もないくせに私は“ダメ、ダメ、”と心の中で繰り返しながら頭をブンブンと振った。




「…もう消すぞ」


そう言ってすぐにまたカウンターの方へ歩き始めたその人に、私は「あ、うんっ、」と返事をした。


時間切れか…



カウンター内に入ったその人は遠慮なくフロアの電気を消した。


もう一度写真の方へ向き直ってみたけれど、やっぱりこっちの電気を消されてはその絵をしっかり確認することはできなかった。



「…人に見せるの嫌なの?」


「別に」


その人はカウンター内に座ると、こちらを見ずにまた煙草を咥えていた。


また吸うんだ…

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