第71話
「…まぁでも実際ユリって葬式とかにも使われるから花言葉に似たり寄ったりなとこもあるとは思うけど」
「それって花だけ?」
「いや、何にでも。よく見る龍とか虎とか蜘蛛とか…生き物にもちゃんと一応意味はある」
その人は“よく見る”と言ったけれど、私にはそれがしっくりこなかった。
龍の刺青はたしかに主流なのかもしれないけれど、私のような一般人からすれば刺青そのものだってあんまり見たことはないよ…?
「まぁ今時そんなもん意識して入れる奴も少ねぇと思うけど」
「じゃあ何を意識してみんな入れるの?」
「シンプルに見た目の格好良さとかだろ。調子こいたクソガキが一丁前に背中一面に上り龍とか彫ったりするじゃねぇか」
そう…なの?
そんなよくある話のような口ぶりで話されても分かんないな…
当たり前だけどマコちゃんの体にそんなものは全く入っていなかったから。
“格好良い”か…
「…どちらかというと私には綺麗に見えるんだけどな」
「…昨日もお前そんなこと言ったな」
「うん!ここは美術館だって言った!」
私のその言葉に、隣に立つその人は声に出さずに小さく笑った。
「お前の冗談はマジでつまんねぇな」
「でも本当に綺麗だとは思ってるよ?絵画がそのまま体に張り付いたみたいだもん」
「……」
「これって全部お兄さんがデザインしたんでしょ?」
「そりゃそうだろ」
「そっか…じゃあ彫師って技術はもちろん絵の上手さとか美的センスも必要になってくるんだね」
「……」
度々黙ることによって変わるその人のその独特の会話のテンポは一体何なんだろう。
「…無視しないでってば」
「ちゃんと聞いてる」
「…そっか。ならいいや」
「……」
きっとこの人も改めて自分の彫ったその絵をしっかりと見ているのだろう。
私達はそれからしばらく何も話さないままひたすら目の前のその絵を眺めていた。
体に彫った刺青を撮っているとはいえそれでもやっぱり躊躇いなく露出された人の体に私はまだ少し抵抗があったけれど、なぜかじっと見ていても飽きることはなかった。
あれ…
そういえば時間制限ってどれくらいなんだろう…
お兄さんもカウンターから出てきたということは、まだしばらくは私にこれらを見る時間は残されているということなのかな。
「…でもやっぱりちょっと卑猥だな」
「ん?」
「この人とか…なんでここに彫ろうと思ったんだろう」
そう言って私が指を差したその写真の絵は赤ちゃんの天使で、ヘソの左下に彫られていた。
両手を合わせて目を閉じているその天使は、なんだか祈りを捧げているみたいだった。
そして少しだけ映り込んだ陰部を隠そうともせず写真を撮られているこの人は、なぜその撮影を承諾したのか。
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