第70話
私がその人の真横に立って、来ましたよと言わんばかりに「ん、」と言ってそちらを見上げると、その人は咥えていた煙草を右手で口から離して眉間にシワを寄せたかと思うと盛大に「はあ?」と言った。
「え?だって今“来いよ”って」
「お前ここに何しに来たんだよ」
「それは、」
「ずっと入り口に立ちっぱだったから俺は声をかけてやっただけだろ」
そう言ったその人が体を向けている方へ目をやってみれば、奥へと進むドアの横にはこのフロアのものと思われる電気のスイッチがあった。
「…あ、そういうことか」
「バカ」
その人はそう言って空いていた左手を私のおでこに当てたかと思うと、ぐいっと私の頭を押しのけた。
「さっさと向こう行け」
それが案外力強くて、私は思わずフラついて後ろに一歩下がった。
「もうっ!!今は全然優しくない!!」
「ほら、電気つけるぞ。見せるったって好きなだけ見せてやるとは言ってねぇんだからな」
おっと、時間制限があったのか!
私はその言葉に急いでカウンターから出るとそのまま奥の壁まで進んだ。
———…パチッ
「わぁお……」
昨日見たから驚きはなかったけれど、やっぱりその綺麗さには感動がちゃんとあった。
その優美さは昨日と今日では何も変わらない。
「刺青にはそれぞれちゃんと意味がある」
いつの間にこちらに来ていたのか、その声に右を向くとその人は私の右隣に立って同じように目の前に広がる写真を眺めていた。
でももちろんこの人も私と同じで、見ていたのは写真そのものではなくその中に広がる“絵”だったのだろう。
「意味?」
「あぁ。花一つとってみてもその種類ごとに意味は変わる」
その人はそう言って左手をズボンのポケットに入れながら、煙草を指先で挟んだ右手をその写真に伸ばしそこにあった何かの花の絵をそっと撫でた。
「例えばこのユリとか」
「あぁ、これってユリなんだ」
「ユリには“純潔”とか“威厳”とか“優雅”とか…白いユリも同じ花言葉らしいけどこっちのユリは“過去・現在・未来”とか“生・死・再生”を表現してる」
「へぇ…」
私はその話に耳を傾けつつも、この人こんなに喋る人だったんだなんて漠然と新たな発見をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます