第69話
———…
まさかまたここに来ることになるとは…
ここに来ればどうしても見ないわけにはいかないあの鬼のステッカーは、今が夜だからか今朝見たそれよりも何倍も怖く見えた。
「趣味悪っ…」
思わずボソリとそう呟いた私に、その人は特に何の反応も示さなかった。
単純に聞こえなかったのかもしれないし私が何のことを言っていたとしてもどうでも良かったのかもしれないし、もしかすると自分でもそう思っていたのかもしれない。
そういえば私、今朝この人に“二度とここには来るな”って言われたんだったな…
偶然の再会がこの人の考えの何をどう変えてしまったのだろう。
その人は店に到着してすぐにドアを開けた。
「えっ、もしかしていつも鍵かけてないの!?」
「かけてない」
そう答えながら店の中に入って行ったその人に、私も慌てて中に入ってドアを閉めた。
「無用心でしょ!」
「取られて困るようなもんなんかねぇよ」
「そういう問題じゃないよ!?」
そういえば昨日も“寝る”と言って奥の部屋へ入って行ったっきり、この人に戸締りをする気配はなかったな。
…でもまぁここは人気のない路地裏だし、あの入り口の鬼のステッカーとこのいかにも怪しげな雰囲気をもってすればここに入って何か取ってやろうと思う人もなかなかいないのかもしれないけれど…
その人は私の言葉にはもう何も言わず、店内に入ると前と同じようにカウンター内に進んでそこにあった椅子に腰を下ろしまた煙草に火をつけた。
私はというと、細く短い通路を抜けてフロアに出たすぐのところでずっと立ち止まっていた。
「ヘビースモーカーだ」
「……」
「その腕とおんなじで肺が真っ黒になっちゃうよ」
「……」
「えっ、ねぇ!とりあえず無視はやめよ!?普通に傷つく!!」
———…ガタッ
それにも何も答えず煙草を咥えたまま立ち上がったその人は、奥の部屋へと続くドアの方を向くようにこちらに背を向けると「来いよ」と言った。
無視を続けていた割にその言い方は優しかったから、私は素直に「あ、うんっ」と返事をしてそそくさとそちらに向かった。
…けど、
…あれ?この流れはもしや?
だって昨日この人はその奥の部屋で寝たわけだし。
“一発ヤらせろ”
あの発言がここに来て本当に生きてくるんじゃないだろうか。
煙草に火をつけて早々に私を呼ぶなんてこの人どんだけ溜まってんだよなんて呑気なことを思いつつも、やっぱり私はこの人に限ってそんなことはないという根拠なんて何にもないような考えの方が大きかった。
だから私はその人の元へ向かう足を止めはしなかった。
もちろん怖いと思うこともなければ震えたり足がすくむようなこともない。
ただ呑気にカウンターの中に入るのは初めてだなって、そう思ったくらいかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます