第67話
それから私がやっと食べ終わると、その人は約束通りしっかり全額お金を払ってくれた。
私が肉増し増しの牛丼に豚汁、それからプリンまでも全て完食したことにその人は少し驚いていたけれど、すべて食べ終わった私に「腹いっぱいになったか?」と聞いてきたから、お腹を空かせた私をこの人なりに心配してくれていたのかもしれない。
店を出るとすぐにまたその人は煙草を咥えて火をつけた。
「ありがとうございました」
「お前今からどこ行くんだよ」
私のお礼にその人はこちらを見ず、煙草の箱の隙間にライターを差し込みながらそう聞いた。
「どこ…あぁ、そうだな。どこ行こう」
「……」
「夜ご飯代浮いたしガールズバーでお給料ももらえたからまた漫画喫茶行こうかな」
「へぇ」
自分から聞いておいて、その人は興味がなさそうな反応でやっぱりこちらを見はしなかった。
「…もしかして心配してくれてる?」
「はあっ?」
煙を吐き出しながら半笑いでそう言ったその人はやっとこちらを見た。
「やっぱり優しいなぁ」
「お前その無駄に前向きなのやめろ、腹立つ。それに優しくした覚えなんかねぇって今朝も言ったろ」
「昨日知り合ったばっかの私にここまでしてくれるとか優しい以外のなにものでもないよ?プリンも頼んでくれたし腕見せてって言ったらすんなり見せてくれたし!」
「…でもお前プリンにいい思い出なんかないだろ」
「あぁ…ははっ、それはたしかに。でもここのプリン美味しいから食べられて満足!牛丼屋だからってナメちゃダメだよね」
私のその言葉に、その人はフッと笑うとまた正面へ向き直って煙草を吸っていた。
私はなぜか体ごとその人の方を向いてひたすらその横顔を見つめた。
煙草を吸うのがサマになる人だなぁ…
「———…ねぇ、お兄さん、」
歳が同じである私がこの人をひたすら“お兄さん”と呼ぶのははたして正しいのだろうか。
でも私はこの人の名前なんて知らないし、この人もまた私の名前なんて知らないし、
聞かれないからこっちも聞きにくいなとも思うし、
“あなた”も違うし“君”も違う。
だから何となく、“お兄さん”。
少し複雑な思いがあってそう呼んだ私にその人は特に何も思わなかったようで、やっぱりこちらに見向きもしないまま「なんだよ」と言った。
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