第64話
「うわぁっ…改めて見てもすごいね…」
「……」
「痛かった?」
「別に痛くない」
「嘘だぁ!だって刺青って皮膚を傷付けるんでしょ?」
「まぁな」
詳しいことは何も分からないけれど、痛くないわけはないと思う。しかもそれをこんな密集させて彫るなんて…
「泣いたでしょ?」
「泣くわけねぇだろ」
「とかなんとか言って、本当はハンカチ噛んで耐えながら入れたんでしょ?」
「バカ」
男は少し笑いながら軽い口調でそう言うと、私の手からスッと左腕を引いた。
“もっと見たい”と言おうかと思ったけれど、それと同時に私達の注文した牛丼を店員さんが持って来てくれたから私もすぐにテーブルに乗せていた両手を引っ込めた。
「うんまぁっ…!!」
「……」
「体のいたるところから歓喜の叫び声が聞こえてくるよ!!」
「……」
「普段たんまぁー…に食べる高級焼肉なんかより空腹時の牛丼の方が何倍も美味しいね!!これまでいかに自分が食に感謝してこなかったかが嫌ってほどに分かるわぁ!!」
「……」
その人はこちらを見向きもせずに、完全に私の言葉を無視して牛丼を食べ進めていた。
普通だったらムカつくところだけど、それも今なら何にも気にならない。
だって目の前にこんなご馳走があるんだもん。
一口食べるたびに一人で感動しながら、私も黙って牛丼を食べ進めた。
「———…おい、」
「ん?」
「…何か話せよ」
まだ私は黙ってから数口しか食べていないのに、その人は牛丼から顔を上げずにそう言った。
「…私うるさくない?」
「お前の取り柄って無駄によく喋るところくらいだろ」
会話が噛み合っていない気がする…
そこは“うるさくないよ”って言ってくれたらいいのに。
それにそれが私の取り柄だなんて、昨日の今日でこの人は一体私の何が分かったというのだろう。
「…いろいろ言いたいことはあるけどまぁいいや。そんなに私の話が楽しいなら話してあげようかな」
「うぜぇな、お前」
そう言ってあからさまに眉間にシワを寄せてこちらを見たその人に、私はクスクスと笑った。
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