第63話
「いいじゃん、お腹空いてるんだもん」
「はぁ……それと牛丼の大盛り」
その人は少し呆れるようなため息を吐いていたけれど、自分の注文も店員さんに伝えるとまたすぐにこちらに顔を向けて親切にも「他は?」と聞いてくれた。
だからついつい欲が出た。
「…プリンも食べたい」
「んなもんねぇだろ」
「ありますよ、プリン」
店員さんがすかさずそう答えると、男は「じゃあそれも一つ」と言って私にプリンも注文してくれた。
この牛丼チェーンのお店に来るのは初めてじゃなかったから、私はここにプリンがあってそれがなかなか美味しいということをちゃんと知っていた。
…でも、今の私がそれを頼むのはあまりよろしくはなかったかもしれない。
だって私がこのお店に一緒に来ていた相手はマコちゃんだし、マコちゃんはプリンが好きだと思っていた私はいつも“プリンも食べよう!”と言っていたから。
———…“俺プリンそこまで好きじゃない”
ったく…そういうことは早く言えっつうの…
嫌なことを思い出してしまった私は、それを拭い去るように目の前にいるその人に向かって口を開いた。
「デザートまでありがとう!優しいー!」
「お前さっきまで泣いてたくせに、そんだけ食えるならもう大丈夫だな」
「へへへっ」
だらしなく笑う私に、その人は少し口元を緩ませた。
…あ、
「口の端…まだ少し赤いね」
私がそう言って自分の口の端をツンツンと指先でつつけば、その人は興味がなさそうな顔で「ん?あぁ…」と言いつつお冷にまた手を伸ばした。
まぁ昨日の今日で治るわけないか…
「消毒は?ちゃんとした?」
「してねぇ」
「してって言ったのに」
「これくらいすぐ治るだろ」
男はそう言いながらポケットから携帯を取り出して触り始めた。
もう私と話す気はないんだな。
…ま、いっか。
私も別に話すことないし。
私はこの席の奥側に座っていたから、自然とその人は店内に背を向けるような形になっていた。
だからきっとこの人自身は気付いていないと思うけれど、私達が話している間も他のお客さん達からはチラチラと視線を感じた。
「…お兄さんって目立つね」
話すことないとか思いながら早速話し始めちゃってるし…
その人は「え?」と言いながら携帯から顔を上げるとまた水を口に運んでいた。
「何で半袖着てるの?」
「お前人のこと言えんのか」
「そうじゃなくて、刺青が入ってる人って長袖を着てる人が多くない?」
考えてみればあれは隠しているのか?
だとすれば隠すのになんで彫った?
…となれば、半袖を着ているこの人は何も間違ってはいないのか…?
「暑いだろ」
「まぁそうだけど…でもその腕すごい目立つよ」
「別に見たきゃ見ればいいし」
「じゃあ私も見たいっ!!」
勢いよくそう言って私が両手を差し出せば、その人はすぐに携帯をポケットにしまってテーブルの上に広げた私の両手の上に左腕を乗せてくれた。
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