第62話
その人は牛丼家に着くまでそのまま私の腕を引いてくれた。
「先入ってろ」
そう言って私の手首から手を離したその人は、牛丼家の入り口横にある大きな灰皿の前でポケットから取り出した煙草の箱を口元に近付けてそれを一本口で咥えて引き抜いた。
「待ってようか?」
「いい」
男はそう言うと、さっさと行けと言わんばかりに顎で店内の方をくいっと指し示した。
言われた通り中に入れば、一気に牛丼の美味しそうな匂いが私の鼻に届いた。
うわっ…これはヤバい…
匂いだけでヨダレ止まらんっ…!!
「空いているお席どうぞー」
適当に声をかけられて奥のテーブル席に座れば、店員さんがすぐにお冷を持って来てくれた。
何となく出入り口の方へ目をやれば、あの人がこちらに背を向けたまま煙草を吸う姿が目に映った。
こんなに明るい場所であの人を見るのは初めてだな。
後ろ姿なのに嫌でもその両腕に目が行く…
しばらくその背中を見つめていると、その人は吸っていた煙草を灰皿に投げ入れてすぐに店内に入って来た。
店内にいた他のお客さんは、そんなその人をチラチラと隠れ見るように見ていた。
ま、見ちゃうよなぁ…
「…決めたか?」
「え?…あ、うんっ!」
私の目の前に座ったその人は、私の前に置かれていた水に手を伸ばしてそれを飲んだ。
「あっ、それ私の!」
「どれも一緒だろ」
「自分のだってすぐ持って来てくれるのに!」
そんなことを言っている間に店員さんがお冷をもう一つ持って私達の元へやってきた。
そして必然的に私がまたそのお冷をもらうことになった。
この数秒が待てないってなんなんだ…
「ご注文はお決まりですか?」
そう聞いてきた店員さんもまた、私の目の前にいるその人の腕を見ていた。
…ま、見ちゃうよなぁ…
「おい、言えよ」
「あ、うん。えっと、チーズ牛丼大盛り肉増し増しに豚汁つけてください」
私が迷わずスラスラと店員さんに注文を伝えると、男はすぐさま「おい、そこの豚」と私に失礼な言葉を投げた。
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