第57話
「君、絶対ワケアリでしょ?」
「えっ…!?」
「じゃなきゃそんな行き当たりばったりみたいな見た目でこんな仕事してないでしょう」
「あ…いやぁ…」
無理矢理な笑顔を貼り付けながらその手から自分の手を引き抜こうとしたけれど、しっかり握られているから私は自分の手を引き抜くことができなかった。
「…あの、」
「ワケアリなら助けてあげるよ?俺、金はあるから」
「あー…ははっ、羨ましい限りです」
言ってみたいわ、そんなセリフ。
こっちは今の全財産約一万三千円だっつうのに…
「で、どうする?」
「え?」
「だから助けようかって。話は早いに越したことないじゃん」
そう言われたと同時に、お母さんのあの忠告を思い出した。
でも、あれはちょっと違ったよ、お母さん。
大事な人じゃなくても、お金なんて絶対に人から借りちゃダメだ。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。生きてればなんとかなると思うし」
「えー、いいの?こんなチャンスそうそうないよ?だって今の君、うちの猫よりひどい服着てるよ?」
「本当ですかぁ?じゃあ来世ではお客さんの猫に生まれ変われたらいいな」
我ながらうまいかわし方をしたな、なんて思いながらその手からやっと自分の手を引き抜いた私だったけれど、
「来世なんて言わずに今世でそれを望めばいいじゃん」
そのお客さんはそう簡単に引き下がる気はなさそうだった。
「…え?」
「ペット。してあげるよ?今夜にでも」
それからその人は、口元を緩ませて「めちゃくちゃ可愛がるよ」と言った。
あぁ、助けるってそっちの意味か。
私はてっきりお金を貸そうかっていう提案かと…
でも考えてみればそりゃそうだ。
だってここ、ガールズバーだし。
私の人生の最初で最後のお客さんがこの人だなんて最悪だ。
それともガールズバーに来るお客さんはみんなこんな人達ばかりなんだろうか。
またさっきと同じようにカウンター内の他の女の子達に目をやれば、みんな自然な笑顔で楽しそうにお客さんとの会話を楽しんでいた。
…やっぱり無理だ、私。
「…結構です」
私にこの仕事は務まらない。
「そう?悪い話じゃ」
「すみません、失礼します」
私は目の前のそのお客さんに深々と頭を下げて、事務所にいるであろう面接をしてくれたあの男の人の元へ向かった。
途中そのお客さんの困惑したような「えっ?」という声が聞こえてきたけれど、私はもうそちらを振り返ることはなかった。
この気持ちはなんだろう。
惨めとも違う。
恥ずかしいとも違う。
…あぁ、あれか。
私、自分自身に呆れてるんだ。
私昨日から本当何やってるんだろうって。
馬鹿馬鹿しい…
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