第56話

「やる気はありますから」


あるものといえばそれくらいだ。


少し不安そうだった男の人は、半ば諦めのような口調で「…まぁやってみますか」と言って私の体験入店を認めてくれた。


そのあと「ちなみに何歳?」と聞かれて私が「二十六です」と答えると、その人はまた少し困った顔をした。


「うちは二十四歳までってネットにも書いてあったと思うんだけど」


「えっ!?」


それは見てなかった…!



「…まぁいいや。お客さんに年齢聞かれたら念のため二十四って言ってね」


「はい…」


二十六歳ともなればできない仕事も出てきてしまうのか…




「うちの体入は一時間だから。給与は三千五百円、内容は本当に楽しくお喋りするだけ。お酒も無理なら飲まなくて大丈夫だよ」




その説明は簡潔ながらもすごく適当だった。


この人はきっと私を本気で雇うつもりはない。


一度体験すれば本人が一番この仕事が自分に相応しいかどうかがよく分かるだろうと、そう踏んだのだろう。



だからこその、あの諦めのような口調の“…まぁやってみますか”なんだろうし。




その人の考えは実に正しい。


私はきっとこの仕事は向いていない。


女であることをこの私が武器にできるとは思えないし、下心満載のお客さんを笑って楽しませることができるとも思えない。



もちろんこの仕事に偏見なんて全くないけれど、自分にそれが成し遂げられるかどうかくらいはやる前から分かっていることだ。



それでも今の私にゆっくり仕事を選ぶ余裕はなくて、目先の三千五百円が私は欲しくてたまらなかった。





私よりも明らかに年下の…いやまぁここは元々二十四歳までらしいから当たり前だけれど、ここで働いて一番長いらしい女の子が一通りのことを私に教えてくれた。


それからメイク道具も貸してくれて、私は最低限の化粧をした。



本当はメイク落としもないから化粧なんてしたくはなかったけれど、さすがにそこまで押し通す勇気はなかった。



もう何もかもが惨めったらありゃしない。





私の最初で最後のお客さんになるであろう人は、開始五分で私の前に現れた。



「いやぁ、今日も仕事疲れたよ〜」


…なんて、初対面とは思えないような口調で私の前に腰を下ろしたから私は少しびっくりした。


それでもなんとなく「お疲れ様です」と言っておしぼりを渡せば、その人はニコニコしながら「ありがとう」と言ってそれを受け取った。




「君、見ない顔だね。新人さん?」


その人は三十代後半くらいのスーツの男性だった。


こんな仕事バリバリこなしてます感のある人でもガールズバーとか来るんだ…



「はい、まだ体験の段階です」


「そっか…にしても君、なんか目立つなぁ」



それはここに並ぶ女の子の中で私一人だけが二十四歳以上だからなのか、それとも私だけがこんな適当な服装だからなのか…


どっちだろうなんて思いながらカウンターの中に並ぶ女の子たちへ目をやっていると、



「っ、———…!!」



突然そのお客さんに手を握られて私はハッとした。

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