第55話

私がキャバクラではなくガールズバーにしたのにはちゃんと理由があった。


私の憶測だけれど、キャバクラとガールズバーの決定的な違いはその接客方法にあるのだと思う。


ガールズバーならカウンター越しの接客になるだろうから変な客に体を触られることもないだろうし、服装もキャバクラのドレスとかと違って自由でいけそうだと思えたからだ。


おまけに私が電話をかけたお店はお客さんとの連絡先の交換もしなくていいとネットに書かれていた。



ちょっとおしゃべりをしてお金が入るならそんな楽な仕事はない。







電話で指定された十八時頃にお店に向かえばそこはもう営業を開始していて、しっかり女の子たちはカウンターの中にいてお客さんと一定の距離を保っていた。


ネットに載っていた通りでよかった…


それに女の子はみんな私服のようだった。


…でも、さすがに私ほど適当な服装の人は一人もいなかった。


そりゃそうか…


















———…「えっとー…体験入店希望だったよね?」


「はい」


「今日だよね?」


「はい」


「今からだよね?」


「はい」


「……」



電話で交わした内容を改めて聞いてきたことに少しイラッとしつつも私が淡々と答えれば、あれだけ電話口で軽いノリだったその男の人もさすがに私の今の身なりを目にしたからなのか顔は少し困ったように引き攣っていた。



「一度家に帰って着替えて来られる?」


「いえ、これでやるつもりです」


「……」


私にはやっぱりよく分からない耐性がついたようだ。


なぜか自信満々にそう答えた私に、男の人はまた黙った。



「あの、ネットに服装は自由って書いてありました」


「あ、うん、そう…だね…それはそうなんだけどさすがに自由すぎない?」



“自由”というこの上ないほどはっきりとした言葉に程度の問題があるとは思わなかった。


“自由すぎる”とは一体何事だろう。



「まぁ化粧はこれからやってくれて構わないけど、」


「あ、すいません。化粧道具も私持ってません」


「……」



履歴書もいらないと言うから安心して来たのに、それはいらないのに化粧道具はいるなんて思いもしなかった。



まぁでもこの人の言わんとしていることは分かる。



そりゃあ私だって子どもじゃないんだし、この世界で働いた経験がなくとも化粧が必要なことや服装がこれじゃあ無理があることだってちゃんと分かっている。


でも今の私は、“自由と書かれていたから自由な服装で来たまでだ”とか“いるなんて言われていないから持ってきていない”という主張を押し通すしかない。


だって、ないものはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る