第52話

期待と不安を胸に少しドキドキしながら口座の残高を確認すれば、そこに入っていたのはたったの一万二千円だった。



まぁそんなとこだろうとは思っていたけど…


私はそのお金を全額下ろしてとりあえず銀行を出た。



この一万二千円と財布の残高合わせて合計約一万三千円…帰る家もない私にとって、それでこれから一体何ができるというのだろう。



…いや、でもきっとものは考えようだよね。


考え方、使い方次第で今のこの状況は良くも悪くも解釈できるはずだし、うまく発想を転換できれば一見良くないことでもそこには案外良い方向に展開する契機が潜んでいるかもしれない。



たしかにお金はないけど家もないなら光熱費や家賃はかからないわけだし、この手元にあるお金はしっかり全額使うことができる。


服もこれしかないけど、今は真夏だしじっとしてても汗をかくんだから荷物なんて少ないに越したことはない。




…それにマコちゃんだって…



彼女の友達にあっさり乗り換えるような男なんてこっちから願い下げだ。



てか今の私はマコちゃんのことより自分の生死がかかっているこの現状をどうにかしなくては。




行く当てもない上に昼前になると暑さのせいで外にいるのが耐えられなくなり、私は渋々ファミレスに逃げ込んだ。



日曜の昼間のファミレスはすごく混んでいたけれど、私は何とか席に案内してもらえてドリンクバーだけを頼んだ。



ファミレスは涼しいし、ドリンクバーで飲み物は飲み放題だしそこには時間制限もないから絶対に快適だと思った。


でも、これが案外苦痛だった。




いたるところから「お待たせしました〜」の声が聞こえてくると同時に、鉄板でお肉を焼くジューッという音とその匂いに私のお腹は何度も悲鳴を上げた。


その度にコーヒーを飲んだり炭酸のソフトドリンクを飲んで誤魔化したけれど、飲み物は喉の渇きは潤しても私のお腹を満たしてまではくれなかった。




「あー…お腹すいた…」



昨日の夜のあの人のカレー、米なしでも食べておくんだった。


一人じゃ食べきれないと言っていたんだし、なんなら私がお米を買いに行ってでも食べておけば良かった…



机に突っ伏していた私は気付けばそこでウトウトしていた。




「———…お客様、お客様、」


店員さんの声が間近で聞こえてゆっくり目を開けると、その店員さんは少しだけ怒った顔をしていた。



「当店はお食事をしていただくところですので、寝るのはおやめください」


「あ…すいません…」



そんな本気のトーンで怒らないでよ…


たしかにこの忙しい日曜の昼間に一席を占領されるのは迷惑だろうけどさ。


この歳になって他人に怒られるのって地味にへこむんだよ…?

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