第51話

「なんかよく分かんないけど困ってるんだよね?」


「はい…」


「助けてあげたいのは山々なんだけど…うち給料の前借り禁止なんだよ」


「そこをなんとか…」


「ここってチェーン店じゃん?私も雇われ店長だからさ、その辺のことは勝手するわけにいかないんだ…」



それから店長は、すごく申し訳なさそうに「ごめんね」と言った。


ここまできたら、もう頭のどこかで私はこうなることが分かっていたのかもしれない。


驚きもなければ涙も出ない…



「じゃああの…せめてここに泊まっ———…」


そこまで言っても店長の申し訳なさそうな顔は変わらなかったから、これもダメなんだなとすぐに理解した。


「…ダメすか」


「ダメっすねぇ…」



私、漫喫で少女漫画なんか読んでる場合じゃなかった…



「カヤちゃん…私が個人的にお金貸そうか?」



店長のその提案には、私は正直喉から手が出るほどに揺らいだ。



「会社巻き込むとあれだけど、私個人なら何の問題もないからさ?」



…でも、私にはまだかろうじてちゃんと善悪の判断をする力は残っていたようだ。



「…いや、それだけは絶対にダメです」


「え?」


「昔から親に大事な人との金の貸し借りは死んでもするなって言われてるから。こんなことで信用を失いたくはないです」


「大丈夫だよ、カヤちゃんのことは信用してるから」



何の意地だと他人が聞けば笑うかもしれない。


私だって借りられるものなら借りたい。



でもそれだけは何が何でもダメだ。


お母さんの言う“死んでもするな”はその言葉の通りで、信用を失うくらいなら飢え死にした方がまだマシだ。



まぁ欲を言うならまだまだ死にたくはないけど…




「いや、絶対ダメ」


「何のプライドよ?今のあんたそれどころじゃないでしょ」


「うん、…でも絶対ダメ。店長、仕事中に時間取らせてごめんなさい。あとは自分でちょっと考えてみる」


「うん…まぁ最悪困ったら電話してきな?いつでもお金は貸すから」


その優しさに少し泣きそうになりつつ事務所を出て行こうとした私に、



「あ、カヤちゃん、」



店長は何かを思い出したかのように私を呼び止めた。


「はい?」


「制服はいくらでも貸すから。明日、ちゃんと出勤しなさいね?」



満面の笑みで言われたその言葉に、私の出かかっていた涙は一気に引っ込んだ。



「…鬼」


「なんか言った?」


「いえ…ではまた明日」





こんな近くにも鬼がいたとは…



バイト先をあとにした私は、その足で銀行へ向かった。

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