第44話
「え…今頭叩いたぁ?いったぁー…」
「もう朝だ、帰れ」
「だから帰る家なんかないっつうの……」
「知らねぇよ、さっさとどっか行け」
そう言うと同時にカチッと音がして煙草独特の煙の匂いが私の鼻にダイレクトに届いた。
その匂いのおかげもあってやっとしっかり目を覚ました私が目の前にいるであろうその人を見ると、その人は上半身裸で煙草を吸いながら肩にかけたタオルを使って左手で濡れた髪の毛をワシャワシャと拭いていた。
「わお、朝からセクシーだね」
私の軽いジョークにその人はクスリともしなかった。
「お前ずっとここにいたのか?」
「え?うん。てか刺青って腕だけなんだね」
背中は見えないけれど、その人の体の正面には何もなかった。
まぁ背中にはほぼほぼ入ってるんだろうけれど。
朝になったからなのか、店内はやっぱり薄暗いながらも昨夜よりはまだ少し明るかった。
でも周りを見渡してみてもこの店内に窓はひとつもなかった。
この微かな明るさを辿るように目の前に目をやれば、その人が昨日入って行った部屋のドアが開いていて、その向こうには窓があった。
あぁ…あそこから外の光が差し込んでるんだ…
「あっちの部屋には窓もあるんだね」
私がそう言うと、その人は何も言わずに開けっぱなしにしていたドアをガンッと強めに閉めた。
「何も閉めることないのに。朝なら太陽の光を浴びなきゃ」
「……」
「知ってる?太陽の光を浴びることってすごく体にいいんだって。なんでもビタミンDは日光に活性化さ」
「はぁ…おい、無駄口叩いてねぇで早くどっか行けよ」
「……」
私は夢でも見ていたんだろうか。
だって目を覚ましてからまだ一度もその人と目が合っていない。
「……なんか昨日と別人」
「は?」
「昨日はもっと優しかったよ」
私のその言葉に、その人は「優しくした覚えなんかねぇよ」とこちらも見ずに言った。
その言い方はとても素っ気なくて、昨日の七百七十円が嘘のように思えた。
「お腹空いたな…ご飯なしでいいからカレー食べたい」
「……」
「うわっ、髪ベタベタだー。シャワーあるなら貸してほしいな」
「……」
「五分で済ま」
「おい」
私の言葉を遮ったその人のその声は、まるで昨日のスキンヘッドのあの男に向けて放つ言葉みたいに低かった。
そしてやっとこちらを見たその目も、やっぱりとても冷たかった。
「…あ、はい…すぐ出て行きます…」
…完全に調子乗ったわ、私。
でも昨日あれだけ優しくしてくれたのはちゃんとこの人で間違いないんだろう。
カウンターには私が昨日買ってきた消毒液がそのまま置かれていたし、その人の口の左端はやっぱり少し赤かった。
もうそれらが昨日の全ては夢じゃないということを証明していた。
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