第42話
「…いいの?」
「おう」
「ありがとう…」
「……」
二百五十円が七百七十円に化けるなんて…
「っ、この御恩は一生忘れませんっ!!」
少し身を乗り出してそう言った私に、その人は適当に「はいはい」と言いながらまた煙草を口元に運んでいた。
「てかお前腹減ってねぇの?」
「え?」
「食えよ、カレー。一人じゃ食いきれない」
「いや、いらない。私カレーはお米がないと食べられない人だから」
さっきまでの感謝を無にする勢いではっきりとそれを断った私に、その人は少しびっくりしつつも「お前面白ぇな」と笑った。
私が?面白い?
いやいや、そっちの方が面白いよ。
「ついでに泊まってくか?」
「それはもっといらない」
仲良くなったとはいえ、七百七十円でさすがにそこまでするのは気を許し過ぎだ。
こういう判断をとっさにできるのも、私の二十六という決して若さを言い訳にはできない年齢がそうさせたのか。
だとすれば、歳をとることは悪いことばかりじゃないと思う。
自分の身を自分で守れるならそれに越したことはない。
「お前なに変な心配してんだよ」
「私も一応女ですから」
「はぁ…まぁどっちでもいいけど、俺処女しか興味ねぇから無駄な心配はする必要ねぇぞ」
「えー、その見た目で処女キラー?その嘘は無理ある。誘うならもっとありえそうな嘘をつかなきゃ」
「はっ…別に誘ってねぇよ」
その人が笑ったと同時に、口から吐き出された煙草の煙がふわっと宙を舞った。
店内が薄暗いのに加えてその腕の刺青のおかげか、それすらも私にはなんだか幻想的に見えた。
薄暗いというのはこの人にとって得だな。
昼間見るこの人には怖さしかなさそうだし。
「またまたぁ。遠慮しなくても。私処女かもよ?」
もちろん冗談だけど、これだけ言っていればもはやどっちが誘ってるのか分かんなくなるね。
「してねぇよ。てか処女なら誰でもいいわけじゃねぇ」
「失礼だな」
それからその人はすぐに吸っていた短くなった煙草を灰皿で揉み消すと、「朝までには出て行けよ」と言って奥の部屋へ入りそのドアを閉めた。
「えー!どこ行くのー!?」
私が思わずその閉められたドアに向かってそう叫べば、向こうからは一言『寝る』と返ってきた。
ドアを介したせいで、その声はどこかくぐもって聞こえた。
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