第40話

「…あれ?ていうか今、“年下かと思った”って言った?てことは、そっちが年下?」


なら敬語とか使う必要ないじゃん。


こうなれば人生の先輩という権力を思いっきり振りかざしてやろうかと思った私だったけれど、



「いや、俺も二十六」



私のそんな考えは実現しなかった。



「くそ、タメか」


思わずそう言った私に私の考えていたことが分かったのか、その人は笑いながら「甘ぇよ」と言った。


でもよく考えてみれば、明らかに年上のさっきのスキンヘッドの男にあの態度なんだから年齢なんてきっとこの人には何の関係もないんだろう。




「あのさ、ずっと気になってたことがあるんだけど聞いてもいい?」


私がそう言って少し前のめりになると、二杯目のカレーを食べ終えたその人はすぐにまた煙草に手を伸ばしていた。



「なに?」


「私のこと知ってる?」


「…え、なにお前、芸能人かなんか?」


「ううん。でも私達どこかで会ったことあるよね?」


さっき路地裏で初めて目が合った時のあのハッとする感じは、きっと私達が初対面ではないからだと思う。


まぁ私にこの人と関わった記憶は全くないんだけど。



「いや…知らねぇな」


「えー…じゃあ私は?私、あなたのこと知ってる?」


「それはもっと知らねぇよ」


「そりゃそうか…」



じゃあ気のせいかな。


まぁ“ハッとした”なんてすごく曖昧で不確かなものだし、それが気のせいでも何もおかしくはないのかもしれない。



そう思うのと同時に思い出したのは、あの路地裏で仰向けに伸びていたスキンヘッドの男だった。



あの人…さすがにもう意識戻ったかな…



「…さっきの人大丈夫かな」


カウンターの椅子に座ったまま私が出入り口へと続く通路を振り返りながらそう言うと、目の前のその人は「さっきの人?」と私に聞き返した。



「だからさっきのスキンヘッドの人。え、なに、もう忘れた!?殴り殴られたよね!?」


「あぁ、…いたな、そんな奴」


「いやいや、嘘でしょ?これが日常なの?だとするとその感覚かなりやばいよ?」


割と本気でドン引きする私に、その人は依然カウンターのテーブルの上に置いてあった私が買ってきた消毒液をこちらへスッとずらした。



「そんなに気になるならこれ持って戻ってやれよ」


「いや、それはっ…」


「んで介抱してやれ。お前の意思で行くなら俺は別に止めたりはしねぇぞ」



…いや…うん。


この人の言っていることは正しい。


何があろうと私は絶対にあの人のところには戻るべきじゃない。だから心配するなんて意味不明だ。



でもさ、少し話して勝手に仲良くなったつもりでいる私としてはちょっとそれは寂しいものがあるよ?



「…やめといた方がいいよくらい言ってくれてもいいのに」


「何で俺がそんなこと」


その人はそう言ってバカにするように鼻で笑った。



コザキングの言葉を借りるなら、———…



「あの路地裏で会ったのも何かの縁でしょうよ!!」


「あー、俺そういうのどうでもいいタイプ」


「絶対友達少ないでしょ?………あ、いや…友達なんて必要最低限でいいけどさ…」


その友達に彼氏を取られた私が何言ってんだって話だよね。



「だってそうでしょ?こっちが友達と思ってても向こうがそう思ってなかったら友情なんて成り立たないもんね?」


「お前って奴はよく喋るなぁ。知らねぇよ、そんなこと」




マコちゃん…


あれからどうしたんだろう。


ホノカに電話して“別れたよ”って報告したのかな?



…いや、それとも“やっと別れられた”とか?


“やっと出て行った”?


“解放された”?


“これで俺も自由だ”とかなんとか?




やっばいなー…


考えれば考えるほどに病んでくるわ。



「てかお前こんな時間にフラフラ何やってんだよ。さっさと家帰れ」


「…私がいつまでもここにいるのは迷惑ですか?」


「いや、そうじゃなくて。繁華街は夜中に女一人で来るようなとこじゃねぇぞって」



それからその人は、「普通に危ないだろ」と優しさとも取れるような言葉をボソリと呟いた。

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