第39話
「…でも刺青って背中が一般的じゃない?」
すっかり話し込む気分になった私は、何の許可も取らずにその人に向かい合うようにカウンターの椅子に座った。
でもやっぱりその人は何も気にならなかったようだった。
「急に話戻したな」
「正面に彫る女の人の気持ちが分かんないな。乳首の邪魔になるじゃん」
「別に何も邪魔はしねぇだろ。てか彫った俺からすれば乳首の方が邪魔だった」
「あー…ははっ、なにそれ、面白い」
「お前笑いのツボおかしいぞ」
こちらを見ずにそう言ったその人は、空になったお皿を手にまた奥の部屋へ消えた。
すぐに戻ってきたその人の手にはまたカレーが入ったお皿が持たれていた。
おかわりした…お腹空いてたのかな?
「お前も入ってんのか?」
「…え?」
「だから刺青」
「いやまさか!私はここまでしっかり健全に生きてきたから!」
なんとなく失礼なその言葉を口にするのに躊躇いなんてもう全くなかった。
別に本気でこの人に偏見の思いを抱いているわけでもない私にとって、それは本心でもあり冗談でもあったからだ。
この人は本気で怒ったりはしないだろうとは思っていたけれど、笑いながらも失礼な奴だと言葉を返してくるだろうとは思っていた。
でも、返ってきたのは「なんだ」とどこか残念そうな言葉だけだった。
「なんでちょっと残念そうなの」
「あるなら見せてもらおうかと思った」
「やだよ、変態」
「何もないくせに」
その人の言うそれは“刺青が”ってことだとは思うけれど、私にはなんだかこの貧相な胸に対して言われたような気分になった。
「おっぱい好きですか」
「とことん急な奴だな」
そう言いながらカウンター下に体を屈めたその人は、右手に水のペットボトルを持って戻ってきた。
その下には冷蔵庫でもあるんだろうか。
「男で嫌いな奴はいねぇだろ」
へぇ…マコちゃんは“どっちでもいい”って言ってたけどな…
やっぱりホノカのおっぱいに惹かれちゃったかな。
「あの写真の刺青って全部お兄さんが彫ったんでしょ?」
「あぁ」
カウンター内に電気がついているとはいえやっぱりここは薄暗いからなのか、私と会話を続けながらもペットボトルの水を飲むその人のその姿はやけに幻想的だった。
…いや、違うな。
その姿というよりも、その水を飲む腕にびっしりと刺青が入っているからだ。
何の模様かもよく分からないその腕もまた、とても綺麗だった。
「変な気分にならなかった?」
「変な気分って?」
「だって目の前にあんな形のいいおっぱいがあるんだよ?揉みたい、舐めたいって普通ならない?」
「お前男か?別にならねぇよ」
「そっか…」
それから私達は何となくお互いに沈黙になり、私はひたすらその人がカレーを食べるその姿を見つめていた。
「…お前いくつ?」
「二十六」
私がそう答えた瞬間、カレーを食べていたその人の手が止まった。
「…年下かと思ったわ」
「うそ、もっと若く見えます?」
そういえば私はこの人の歳を知らないんだった、と今更ながらに再確認した私は無意識にまた敬語になった。
———…でも、
「おう。おっぱい、おっぱい言ってるからてっきり中学生くらいかと」
「おい」
私がそう言って思わず椅子に座ったままカウンターを軽く蹴ると、その人は肩を揺らして静かに笑っていた。
笑ってる…
「笑うとちょっと可愛いですね」
「また急にどうしたよ」
「不思議ですよね。たぶん今二十歳とか言われてたらテンション上がってたけど、それが中学生となるとさすがにちょっとムカつきます」
「まぁ無理あるからな」
「それもそれで腹立つ……でもまぁ精神年齢は低いかもです」
「ん?」
「……」
私はこの六年で一体いくつになれたんだろうか。
二十六にはなれていない気がする。
———…“…俺はカヤの人生まで背負えないよ”
背負うって何だろう。
おんぶに抱っこ状態だったのかな?私。
私はただマコちゃんの隣に並んで生きていきたかっただけなのに。
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