第38話

「わっ……」


部屋が明るくなって分かったけれど、そこにあるのは写真だけじゃなく紙をコピーしたようなものもたくさん貼り付けられていた。



「綺麗……」



私が思わず漏らしたその言葉に、背後から「…綺麗?」と少し驚くような声が聞こえた。


私はそちらを振り向かずにまた口を開いた。



「はい…すっごく綺麗です…ここは美術館だったんですね…」


「あほ」


小さくそう言われたかと思うと、少し間をあけてから「消すぞ」と言われ問答無用でまた電気は消された。


正直もっとじっくり見たかったけれど、そこまでは言えなかった。


また後ろを振り返るとその人はもうさっきのカウンター内の椅子にまた腰掛けていたから、このフロアの電気がどこにあったのかも私には分からなかった。



「刺青専門のカメラマンですか?」


「さっきから思ってたけどお前のそれは冗談のつもりか?全然面白くねぇぞ」


「あははっ、すいません。…お兄さん、彫師さんだったんですね」


「まぁそんなとこ」



話せば話すほどに人間味が出てくるその人に、気付けば私はまだここにいる意味や理由をすっかり忘れて会話に夢中になっていた。



「何で電気消しちゃうんですか?」


「暗い方が落ち着くから」


「そっか……でも体の正面に彫るって大胆だよね」


なんとなくもういいだろうとよく分からない判断が働いて、私は変なところで敬語を抜いた。


でもその人は特に何も気にならなかったようで、カウンターの方へ戻ってきた私に「そうか?意外に多いぞ」と言葉を返した。


カウンターの前に戻ればほんのりとカレーの匂いがして、それと同時にカウンター内のその人の前にはお皿によそったカレーがあった。


もうできたんだ…早いな。



「…あれ、米なし?ダイエット中?」


「米買うのも忘れてた」


「うっかりさん」


「お前今から買っ」


「嫌」


私がその人の言葉を遮るようにはっきりと拒否すれば、その人は一瞬固まったけれどすぐに「さすがに嫌か」と少し笑いながら吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。



「コンビニ行けばあるよ、パックのお米。チンするやつ」


「ここレンジない」


「あらら」


「いいよ、別に。俺はカレーが食いたかっただけだし」


そう言ってカレーをスプーンで掬って食べ始めたその人に、私は面白い人だなと思った。



「お米がないカレーなんてカレーとは言えないよ?」


「米があるのはカレーライスだからこれはただのカレーだろ」


「あぁ、なるほど。そういう考え方もできるね」


すんなりと納得した私に、その人はまた「あほ」と小さく呟いた。



それはその少し無理矢理な言い分を受け入れたことに対してなのか、それともそんなことも知らないのかという意味での言葉なのか。

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