第28話
「ちょっ、待ってくださいっ、私本当に急いでてっ、…ぶつかったお詫びならお金を渡します!二千円ならありますから!!」
「冗談やろ?二千円で何の詫びになるっちゅうんや」
私の手を引いて路地裏へ遠慮なく進もうとする男に、私は両足を踏ん張るようにしてそれを止めようとした。
「あのっ、本当にやめてくださいっ!!」
「ええやん、ちょっとお喋りするだけやん」
「いや、絶対そんなわけないじゃん!!!」
思わず少し声を荒げた私は一瞬ヤバいと思ったけれど、男はもうニヤニヤしたままで怒ったりはしなかった。
「そうやなぁ。まぁお前も二十六なら分かるやろ?大人の遊びとかお詫びの仕方がどんなもんか」
「分かりません!!」
「なら俺が手取り足取り教えてやるわ」
「分かりたくもないんです!!!」
コザキングと一夜を共にするのは平気で、
なぜこの男は嫌なのか。
どうせ一夜だけなら顔見知りじゃない方が気も楽だと思うし、もっと言えば今の私に相手を選ぶ権利なんてあるんだろうか。
つい数時間前まで当たり前の幸せの中にいた私は今、一体何をしているんだろう。
足を止めてもう一度こちらに向き直るようになっていた男は依然私の右手首を掴んだままで、
「優しくしたるから」とか「気持ちええで」とか…もう私をどこかに連れて行って何をする気なのかを隠す気もなさそうに意味深な言葉を次々と並べていた。
私は思わず俯いていたけれど、その声からして顔がニヤついているのは見なくても分かった。
やっぱりどこまで行っても今日の私はとにかく惨めだ…
「…ん?どした?急に大人しなって。覚悟決まったんか?」
「……」
「大丈夫やで。俺は女を痛めつける趣味はないからな?」
「……」
その瞬間マコちゃんのあの私を軽蔑するような目が脳裏に蘇って、体から少しだけ力が抜けた。
この選択肢すらも私には残されていないんだろうか。
「ほら、可愛がったるから」
「……」
そう言って男がまた私の手首を引こうとしたその時、
後ろからスリッパで地面を擦るようなザッ、ザッ、という足音が聞こえて、そのすごく近くなった足音に私は思わず右に顔を向けた。
———…ザッ、ザッ、……ザッ。
私達のすぐ真横で立ち止まったのは、何やら袋の持ち手を両手で広げてその中を見つめている一人の男だった。
私の手首を掴むスキンヘッドの男もまた、真横に来たその男の方を向いていた。
「…なんっか足んねぇんだよなぁ…」
そんな独り言を言っているその人は、私達が真横にいるにもかかわらずこちらを一切気にする様子はなかった。
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